【番外編】護衛騎士は信じている 上
エンジェライト文庫より
12/31 電子書籍配信決定!
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※以下、本編では出番の少なかったレンナルトのお話し。明日も更新します。
【前書き、お話し→お話】 その日、レンナルトは敬愛するベネディクト殿下の一言に落雷を受けたような衝撃を受けた。
レンナルト・ラーションは貴族ではない。
父親が騎士団団長を務めており、騎士爵を戴いている。
騎士爵は一代限りの爵位だ。そのため、父親の爵位を息子が継ぐことはない。
父は息子たちに爵位よりも騎士としての立場を継いで欲しいと考えているようで、物心つく前からレンナルトは兄と一緒に木刀を片手にビシバシと鍛えられた。
その甲斐あってかラーション兄弟は剣の才能が開花し、将来は父の後を継いで騎士団長だねと大人達に声を掛けられるようになった。訓練の努力が認められたようで嬉しかったが、レンナルトは次男なのでどちらにせよ父の後を継ぐのは兄だろうと感じ取っていた。実際、レンナルトは兄に勝てたことがない。
レンナルトは騎士団長になれなくても、騎士になりたかった。父のような騎士になりたいのであって、別に騎士団長という地位にこだわりはない。なんなら騎士団長となった兄の下で、共にこの国を守っていくのが理想だった。
そんな将来の理想が変化したのは、七つの頃。
レンナルトは年の近さからベネディクト第二王子の遊び相手に選ばれた。
ほぼ平民のレンナルトだが、騎士団長の息子であること、幼いながらに剣武の才が認められたことから将来の護衛役として引き合わされた。
そこで初めて、レンナルトは騎士として忠誠を誓う主君に出会った。
金髪に、蜂蜜のとろけるような目をした綺麗な少年。
同い年なのに自分よりちょこんとした少年は、砂糖菓子のように甘やかに繊細に微笑んだ。
「レンナルト、これからよろしくね」
「…はい!」
レンナルトが初めて見た【守らなくてはいけない人】―――それがベネディクトだった。
将来は平民と決まっているレンナルトが第二王子の遊び相手に選ばれたのは、将来護衛役となることを期待されたから。何よりラーション家は一代限りの騎士爵。第二王子の後ろ盾として爵位が高くない方が望ましかった。
第一王子と第二王子は年が離れていて、王位争いが起きるほど実力が均衡しているわけでもなく、第一王子が立太子するのに不安ない。しかし何処にでも甘い汁を吸いたい輩は存在する。そういった相手に「旨味はない」と思わせる為にも、第二王子の側近達はバランスを考えられていた。
侯爵家のハンネス。伯爵家のマティアスと出会ったのも王宮での顔合わせだった。
宰相の一人息子であるハンネス。殿下と乳兄弟の伯爵子息マティアス。他にも側近候補は居たが、いつの間にか姿を見なくなっていた。恐らくふるい落とされたのだろう。
だから残った彼らと、お優しいベネディクト殿下をこれから支えていくのだと、レンナルトは本気で信じていた。
ハンネス・イェフォーシュが、ベネディクト第二王子ではなく第一王子に侍るようになるまで。
レンナルトは怒った。怒髪天を衝く勢いで怒った。
ベネディクトの友人に選ばれたのに、彼ではなくその兄の元へ足繁く通うハンネスに憤り、顔を合わせては薄氷の瞳を燃やして噛みついた。不義理者と罵った。
噛みついたが、ハンネスはいつも涼しい顔をしてレンナルトを躱し続けた。相手にされていないとレンナルト自身が気付くまで、二ヶ月はかかった。
あまりにもギリギリ歯ぎしりするレンナルトに、ハンネスの行動を気にしていなかったベネディクトは、それを伝える為にもやんわりとこう言った。
「ハンネスは狐だから仕方がないよ」
第二王子より、第一王子の傍に居た方が活躍する場がある、狐のように賢い奴だ…と、含ませたつもりの言葉。
しかしレンナルトは、七歳。
貴族として抽象的な物言いに慣れていない、純粋な七歳児。
敬愛する殿下の言葉に、落雷のような衝撃を受けた。
(…ハンネスは、人間じゃなくて、狐だったのか…!?)
素直に、表面通り受け取った。
とても純粋な七歳児だった。
純粋な七歳児だったレンナルトだが、ベネディクトも敬愛する主人とは言え子供だ。
レンナルトはその日の訓練中、父と兄に確認した。
大人の意見が欲しかったのだ。
「ベネディクト様が、ハンネスが第一王子の傍に侍るのは、狐だから仕方がないって…」
「成る程、あの方も気付いておられたか」
「ああ、イェフォーシュ家は皆、狐だよな」
レンナルトは更に衝撃を受けた。
父と兄が、ハンネス…イェフォーシュ一家が狐だと、当然のように肯定したので。
(父も、兄も、知っていたのだ! つまり、ハンネスは…イェフォーシュ侯爵家は国家公認化け狐の一家!)
脳裏を過るイェフォーシュ家の面々。確かに誰もが感情の読めない顔だ。貴族として当然の顔つきだったが、あれは人間に化けた狐だったから!
レンナルトは慄いた。だって人間にしか見えなかった。人間なのだから当然だが、この時もうレンナルトは彼らを化け狐と認識していた。
震える声で、確認する。
「み、皆気付いて…」
「まあ、(反抗して)騙された奴らは皆わかっているだろうな」
騙すんだ…! 狐はやはり騙すのか…!
ということは、まさか。
「殿下も騙されて…!?」
「いや、侯爵が第二王子に手を出すわけがない。殿下は察せられたのだろう。幼くとも自分の立場を理解して賢い方だ」
満足げに頷く父に愕然とする。
なるほど、王宮は魑魅魍魎が跋扈する危険地帯だと父もよく口にしている。察せないレンナルトと違って、ベネディクトはそのあたり詳しいのだろう。恐ろしい化け物に囲まれて穏やかに過ごすベネディクトに改めて敬意を覚えた。自分は魑魅魍魎からも殿下を守れるようにならなければ。
「確かにあいつらは狐だが、領分を弁えた国に尽くす貴族だ。警戒は必要だが、目の敵にするほどじゃない」
「イェフォーシュの倅ももう国の為に動いているのだろう。敵に回せば厄介だが、国に仇なさぬ限りは味方だ。互いにな」
「…わかりました」
狐だが貴族として生きている。奴らは人間として生活しているのだ。
人間のルールを守って、ひっそりと…。
…成る程、義理人情を訴えるのは間違っていた。
あいつは化生なのだ。あり方が違うから、忠義を理解できていないのだろう。
特にハンネスはレンナルトと同じ年だ。生きた年齢が同じなのか不明だが、人間として生活し始めたばかりかもしれない。
ならば仕方がない。不義理だとか、人の物差しで測ってはいけない。
こちらが人間の先輩として、大人になってやらなければならないことだ。
そう、人間の先輩として!
レンナルトはフンスと得意げに胸を張った。
父と兄は会話の流れで何故レンナルトが得意げになったのか理解できなかったが、元気になったようなので訓練を再開した。
その後、レンナルトはハンネスに会う度反抗的だった態度を改め、学友として普通に過ごすようになった。
誰もが首を傾げたが、折り合いを付けたのだろうと誰も深く突っ込まず。
レンナルトの誤解は周知されないまま、ハンネス化け狐説を信じたまま十年が過ぎ。
化け狐を信じたまま十七歳になったレンナルト。
彼はその純真な心根のまま、ベルタを妖精だと信じ切っていた。




