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公爵令嬢から見たお友達



 ただの平民だったベルタは、ベルタ・ルンベック伯爵令嬢となった後もプラトルボ学園に通い続けた。


 特待生として入学したけど、伯爵家の養子となって後ろ盾を得たベルタは、ルンベック家の一員という事で伯爵家から授業料が支払われることになった。お金のないルンベック伯爵家だが、ベルタとハンネスの婚約が結ばれたことでイェフォーシュ侯爵家からの援助を受け、その中にベルタの教育費もしっかり含まれていたので、実質ベルタはイェフォーシュ家に将来の嫁として養われている…つまり侯爵家に対する借金…返済はベルタ自身…見えない囲いに震え上がった。貴族の投資とはそういうものだ。


 というわけで特待生の義務、成績5位以内をキープしなくても問題なくなったベルタ。今までの生活態度を見直して、余裕ある教育を施されることになった。

 身を削る様な勉強方法は見直され、合間に淑女教育を挟み、それでも十分な食事と睡眠を確保できるよう時間が組まれる。ベルタはもう、姉の復讐を誓ったただのベルタではなくなっていた。


 ―――バックリーン伯爵が失脚してから魂が抜けたようだったベルタ。プラトルボ学園に滞在し続けた理由はバックリーン伯爵に復讐をしたかったからで、それを果たしてしまった後は学び続けることに意義を見出せなくて呆然としたが…しばらくすると熱意を取り戻し、与えられた環境で粛々と学んでいる。

 お金を出して貰っているのだから学ばないのは失礼だし、自分の価値はまだわからないが期待されているのなら応えなければならない…さらに、ベルタは新しい目標を与えられた。だからこそ、学び続ける必要がある。


 ということで、プラトルボ学園に問題なく通い続けることになった。

 大変いいことだが、マルガレータは不服だった。


「なんでルンベックですの…リードホルムだって立候補しましたのに…!」

「勘弁してくださいです」


 プラトルボ学園のサンルーム。平民であったころから変わりなく誘われた個人的なお茶会で、ベルタはイライラしているマルガレータにひやひやしながら丁寧に彼女の動作を真似ていた。


 いつものお茶会だけど、今回は淑女教育の一環。席についてからお茶を嗜み会話を交わして席を立つまでの動作を学ぶ。第二王子の婚約者として教育を受けている、マルガレータの動作を必死で真似していた。

 真似て学ぶことは難しいのだが、ベルタは必死になって何度も何度もマルガレータの動作を確認して指の先まで真似をする。マルガレータは素直なベルタに心の中で歯噛みした。


 ああ、悔しい!この娘に目を付けたのはわたくしのほうが先だったのに!あの狐に横から奪われるなんて!


 胡散臭く笑う、次期宰相だなんて呼ばれる男を思い描く。心の中でぺしぺし叩いた。それでも胡散臭い笑顔が消えることはなく、人知れず歯ぎしりする。


 誰が何と言おうと、ベルタを見つけたのはマルガレータが最初だ。それは譲れない。


 マルガレータが見つけたぼろぼろの子供。マルガレータより一つ年下だなんて信じられないくらいに痩せた、瞳だけ熱を宿した平民。

 警戒した仔猫のように周囲を見渡して、常に毛を逆立てて触れようとする者たちを勉強に集中することで追い払った。本人は追い払ったつもりだが、よくもまあ波長の合う者たちを繋ぎ合わせられたものだ。それも周囲を警戒していたからこそ見えた縁だろう。


 そう、ベルタは常に警戒していた。貴族だらけの学園で、一番身分が低いのは自分だと分かっているから、常に周囲に気を払っていた。

 自分が粗相しないよう。誰の逆鱗にも触れぬよう。貴族を警戒していた。まるで周囲は敵ばかりだと言わんばかりだった。


 マルガレータはそれが、気に食わなかったのだ。

 だって自分から飛び込んで来たのに。何故わたくしたちがそんな目で見られなくてはならないのか。気に食わないわ。


 だから構ってやった。

 不敬にも面倒そうにするから余計構ってやった。

 構って構って構って構って…構っていたら、いつの間にかマルガレータの施しを従順に受け入れて、マルガレータにだけ肩の力を抜くようになった。

 マルガレータにだけ。

 マルガレータにだけ、だ。


 誰にも慣れない野良猫が、自分にだけ懐いた。

 きゅんとした。


 調子に乗ってより施しを与えれば、相変わらず不敬なことに面倒そうにすることはあったが、その菫色はどんどん敬う色を濃くしていった。ベルタは尊い身分の令嬢が、自分に構う理由を察せず疑問を抱いていたけれど、施しに対して素直に感謝を重ねることのできる娘だった。マルガレータの繰り返される施しを、当然と思わず身の丈の分のみ受け取る娘だった。


 いつしか、通りすがりでも目が合えば、わかり難くも目元だけで笑うようになった。

 マルガレータにだけ。

 マルガレータにだけ。


 ぎゃんっときた。

 守りたいあの笑顔。


 マルガレータは、公爵令嬢としての自分を誇りに思っている。自分が上に立つ立場だと分かっている。それ相応の態度で下々に接していたつもりなのに、何故か偉そうだとか生意気だとよく言われた。おかしい。偉いのに偉ぶって何がいけないのか。

 だから、マルガレータの高圧的な物言いを受けながら施しを受け止め、素直に恩義を覚えるベルタは、彼女にとって物珍しく得難い存在だった。

 ベルタはマルガレータが貴い身分だとしっかり理解し、不遜で不敬な部分はあれど悪気はなく、マルガレータの言動はともかく与える施しを理解して素直にこちらを敬い続けた。


 貴族は敵だと警戒していたベルタが、敵ではないと判断した初めての貴族。


 マルガレータは、ものすごく、それはもう物凄く優越感を覚えた。マルガレータがやろうと思えばいつでもぷちっと出来るほど弱々しい仔猫に庇護欲を擽られた。


 この仔猫はわたくしの仔猫。わたくしが守るべき民。


 今まで漠然としかイメージしていなかった、貴族として守るべき者たち。その姿がぱっとベルタの姿を象って、身近に感じられるようになった。


 ずっと当たり前にいるものだと思っていたけど、ものすごく弱いわ。守らないとすぐ死んでしまいそう。ちゃんとわたくしが守ってあげますわ。


 マルガレータはベルタを庇護下に置き、絶対守ると誓った。それは疎遠だった婚約者のベネディクトと仲を深めることになっても変わらず、来年には優秀なベルタをリードホルム公爵家(我が家)に迎え入れることも視野に入れていた。リードホルム公爵(お父様)だって許可してくださった。


 それなのに、それなのに。


 予想外の事件に巻き込まれたとはいえ、候補にあった公爵家(わたくし)より伯爵家(マティアス)に先を越されるだなんて…!


 マルガレータは心の中で盛大に床を転がった。手足をばたつかせて悔しさを表現した。


 わたくしのベルタなのに!!わたくしのベルタなのに!!マティアスの義妹などずるいですわ!どうせお義兄さまとか呼ばせるのでしょう!ずるいわ酷いわ羨ましいわ!わたくしが義姉になる予定でしたのに!!わたくしが先に見つけましたのに!!


 ―――ハンネス・イェフォーシュめ!


 マルガレータは気づいていた。全てがあの男の策略であること。

 あの男がベルタを得るために、全て計画したのだということを。


 ベルタは気づいていないが、あの男はずっとずっとベルタを見ていた。あの狐はずっと、王族()の陰からベルタ(仔猫)を罠にかける機会を窺っていた。

 そもそも甘いのだ。身分も財力も伝手もない平民が、庇護者も後ろ盾もなく一人でプラトルボ学園に飛び込んでくるなど、事情がありますと触れ回るようなものだ。

 最初は身の程知らずと蔑まれても、ベルタの懸命な様子からその理由を探ろうと考えた者は少なくない。貴族とは、情報社会なのだ。気になることがあれば調べるのが基本。立場あるものは疑問を放置してはならない。

 マルガレータも、ベルタを構うようになってすぐ調べさせた。結果が知れるころにはお気に入りとなっていたが、やることはちゃんとやっていた。


 だから、ベルタの姉がバックリーン伯爵に連れていかれたことも、三年前不審死を遂げたことも知っている。それからのベルタの足取りと、プラトルボ学園に入学するまでの経歴もすべて。

 ベルタに関わったバックリーン伯爵の、黒い噂も。

 ベルタに頼まれていないのに、マルガレータが勝手に手を出すわけにもいかず様子を窺っていたら今回の事件だ。絶対あの男が絡んでいるとマルガレータは睨んでいる。マルガレータが知っているのだから、ハンネスだって独自に調べて知ったはずなのだ。ベルタの背景を、恐らくマルガレータより詳細に。

 あの狐は伊達に、第二王子のお目付け役をしていない。怪しい人物を近づかせるわけがない。


 ハンネスは、ベルタがバックリーン伯爵の黒い噂に関わっていると知りすべて利用して―――侯爵嫡男(ハンネス)ただの平民(ベルタ)を手に入れる為の道筋を立てた。マルガレータはそう確信している。


 何処までが彼の手の内だったのかは流石にわからないが、ベルタが誘拐されてからのスピード解決には裏があるに違いない。でなければ、養子縁組申請書など早急に用意できるわけがない。だって少なくとも、ルンベック伯爵のサインが必要なのだ。前々から用意していたとしか思えない。

 少なくともマルガレータは、ベルタが攫われたのはハンネスの計画の内だったと考えている。


 …ずるいわ!ベルタが攫われたりしなければ、来年にはリードホルム家(うちの子)でしたのに!

 マルガレータは内心プンスコ怒り散らした。プンスコしながら手元を真似ることが精一杯のベルタを観察する。

 …ふと気付いた。ベルタは大変な間違いをしている。


「ベルタ」

「手が攣りそう…ご令嬢たちはこれを震え無しで…?絡繰り?」

「ベルタ、貴方」

「はい」

「カップは自分の利き手で持ちなさいな」

「…ハッ」


 カップを持つ手がぷるぷる震えていたベルタはその指摘に我に返る。

 ベルタは、対面のマルガレータを鏡写しで真似ていた。

 全て反対だ。左右逆だ。震えが止まらないわけだ。

 あわあわとカップを置いて右手で持ち上げる。マルガレータを何度も確認して、菫色の瞳を瞬かせた。羞恥で頬が赤い。


 ああ、頭はいいのに、行動がお馬鹿で可愛い。

 きゅんとした。


 …まぁ、いいですわ。今はルンベック伯爵家の養子だけど将来はイェフォーシュ侯爵夫人だもの。侯爵夫人なら公爵夫人のお友達として違和感もないことですし。義姉妹として付き合い続けることが出来なくても、結婚後も問題なくお友達付き合いが出来るならそれで。

 マルガレータはベルタの真っ直ぐな菫色が好きなので、彼女の伴侶となる男は気に食わないけれどこの結果に納得することにした。気に食わないけれども。


 貴族の養子となっても、ベルタが貴族らしく振る舞えるようになっても、恐らくあの男はベルタを外には出さないだろう。社交は最低限に、家の仕事を重点的に任されることになるはずだ。つまり余計な派閥に染まらず、ずっとマルガレータのお友達で居続けることになる。この娘の気質を歪めないよう、教育するはずだ。


 ベルタは貴族()になれない。何せ、貴族は産まれた時から権威に敏感で、それを利用することで社交を生き抜く生き物だ。

 生まれながらの狐に、生粋の仔猫が敵うわけがない―――仔猫がもっとずる賢ければ話は別だが、この仔猫はただただ真っ直ぐだった。その脆弱な愛らしさや愚鈍な懸命さで狐や虎を翻弄するほどに。

 仔猫にそんなつもりはなくても、懸命に励む仔猫の姿は、貴族たち(虎や狐)に多大なる影響を与えた。

 よそ見しないその視線を、狐が欲しがるほど。

 仔猫がいずれ、狐に化けるかはわからない。あのままで居て欲しい気もするが、目的を達成するための努力は惜しまない子だ。仔猫をどれだけやる気にさせるか、それは伴侶である狐次第だ。


 少なくとも現在のベルタのやる気は、ハンネスへ向いていないことは確か。


 やる気をなくしていたベルタが元気を取り戻したのは、新たな目標を与えられたから。それは立派な淑女になることではなく、精巧な植物図鑑を作成し、薬草はもちろん飢饉でも食べられる植物を周知すること。ハンネスがベルタに勧めたことだが、ベルタは姉のこともあってか飛びついた。

 遊びを与えれば夢中になる仔猫は、遊びを与えた狐のことなど忘れて玩具に熱中している。果たしてベルタがハンネスに振り向くのはいつのことなのか。

 あの手この手で気を引いているのに一向に引っかからないベルタ。あの手この手で傍に置いても、怯えられ警戒されている。近づいたようでいて、距離は相変わらず開いたまま。


 それが愉快でならない。


「ふふ、これからが楽しみですわ」


 あの狡賢い狐が、仔猫からの愛を求めてどう踊るのか。


 マルガレータの独り言を今後の淑女教育のことと勘違いして慌てているベルタに微笑みながら、これから翻弄されまくるだろう男を想像して、マルガレータは艶やかに笑った。



完結になります。

ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
素敵な物語でほっこりとしました。 そしてマルガレータ様が、心の中で盛大に床を転がって手足をばたつかせて悔しさを表現するシーンかわいい!w 凜とした切れ者令嬢のこうした内面のワンシーンは大好物です。
[良い点] とっても楽しかったです興味本位で読み進めれば止まらなくなり一気に最終まで来ました。 ありがとうございました。
[一言] 一気に読みました。 好きです。
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