この恨み、はらさでおくべきか
ベルタ、12歳。
少女は憎らしい程に晴れ渡った空の下で、目に痛い程に煌びやかな屋敷を見上げながら復讐を誓った。
この日流した涙を忘れない。身を焦がす憎悪を、怒りを忘れない。必ずや―――この恨み、晴らして見せる。
3年後、少女は―――。
「ベルタ、女性の雇用条件について君の意見が聞きたいので、放課後二人で話しましょう」
「いいや勉強ばかりだと身体が鈍る!ベルタ、放課後は俺と一緒に訓練をしよう!」
「なんでそう誘い方が両極端なんだ君たち…ベルタが驚いているだろ」
「そうだお前たち、そうがっつくものではないよ。少し休憩をしようじゃないか。ベルタ、今茶の用意をさせよう」
「まあ、いい考えですわ。わたくしもご一緒します。この間の焼き菓子がまた手に入りましたし…ベルタ、あれ好きでしょう?」
大きな菫色の目を丸くしながら、煌びやかな人々に囲まれていた。
(…なんで…?)
わいわい盛り上がる彼らを横目に、貴族でも何でもないただのベルタは、何故尊い方々に囲まれているのだろうかと固まっていた。
ベルタは、グランフェルト王国のどこにでもある農村出身の村娘。
そんなベルタが現在いるのは、グランフェルト王国の王都にある、富裕層…それこそ貴族の子供たちが通う、プラトルボ学園。
ただの村娘であるベルタが、足を踏み入れるような場所ではない。
プラトルボ学園は基本的に貴族の令息令嬢の為の学園だが、商人や成り上がりの大富豪なども必要最低限の知能さえあれば入学することが出来る。入学試験に合格すれば、平民だろうと入学のチャンスがあった。更には授業料が免除される特待生制度もある。
身分不相応と分かっていながらも、裕福な階層が臨むプラトルボ学園に入学するため、ベルタは猛勉強した。特待生としての恩恵を得るために受験勉強に励んだ。
手が擦り切れるほどペンを握った。寝る間も惜しんで知識に縋った。
紙が手に入らないときは地面や壁に書いたし、インクが手に入らないときは摘み取ったベリーなどを加熱してインクを作った。
その甲斐あって何とか入学した学園。ベルタは特待生として、ギリギリ入学することが出来た。
特待生は授業料が免除される代わりに、成績は常に5位以内をキープし続けなければならない。それ以外にも制約はあったが、とにかく在籍していたいベルタは根性で噛り付いた。
ベルタは貧乏だ。平民としても貧しいほうだ。家族はなく、学外にある食堂の下働きをしながら生計を立てているが、それも転々としている。住む場所も決まっていない。学園周辺の住み込みで働けるところを頼り生活している。
ベルタは生まれながら学を学べる貴族と違い、自分が一歩も二歩も、なんなら百歩も遅れていると自覚していた。
学園はタダではない。成績優秀者のみがなれる特待生として授業料が免除されているからこそ、怠ることはできない。
ベルタは日々働きながら怠けることなく勉学に励んだ。それが学園で生活するため必要な行為だった。
ベルタは真面目だった。
学園入学の動機は不純だけど、学生となったからには本分は勉強であると真面目に取り組んでいた。
周囲の子供たちが周囲に声をかけて人脈作りに励む中、一人机と向き合い黙々と勉強に励んでいた。
―――貴族の学校に入学して、貴族の、それもそこそこ偉い人に取り入ろうと考えていたベルタは、しょっぱなから方向性を間違えた。
本来こんな偏差値が高く高額な学園に通う必要もないのに。無理をして入学したのは身分の高い人に取り入る為だったのに。
そもそもベルタは、人に取り入ると言うことがちょっとよくわかっていなかった。
愛想よく接するのも苦手だし、媚を売るなんて以ての外。楽しませる話術も情報もない。
そもそも目上の人に、身分の高い人に自分から話しかけるのは不敬である。貧乏人のベルタでもそれくらいはわかっていた。つまり、身分の高い人がベルタに対して興味を抱かなければ人脈など築けない。同年代の友達を作るのとはわけが違う。
ベルタに出来るのは、勉強の合間に周囲を観察して誰がどの程度の地位にいるかを把握することくらいだった。勿論一番身分が低いのは間違いなくベルタだ。身分不相応なのは十分わかっている。他の生徒たちがベルタを身の程を弁えない粗忽者と嘲笑っているのもわかっている。わかっている。分かっているけど。
それでも権力者に取り入りたかった。
その威を借りたかった。
ベルタは虎の威を借る狐になりたかった。
とにかくそれらしい人のいるところに行かねばとばかり思いが逸り、この学園へとやってきた。学園に在籍し続ける限り、学生の本分として勉強するしかない。遅れているベルタは誰よりも勉強する必要がある。
権力者を利用するためここまで来たのに、ここに居るためには勉強が必要なのだ。手を抜くわけには行かない。
もともと記憶力はそれなりで理解力もあったので、どんどん知識を深めていった。入学後初めての試験で3位になる位には。
その頃から、貧乏人と蔑んでいた周囲の目が変わる。
貧乏人であることに変わりはないが、ベルタは自由時間全てを学問へとつぎ込んでいた。隠すことなく打ち込んでいた。ちょっと引かれるくらいには打ち込んだ。
誰もがベルタが勉強している姿を見ているし、ベルタが身分を弁えて余計な接触を控えていることも功を奏し…誰かと関わることをすっかり忘れて公式に頭を悩ませていただけだが…傍から見ると貧乏な女の子が裕福な学園で、将来いいところに就職するため必死に勉強しているようにしか見えなかった。
なので、努力の結果を出したベルタは、侮られる対象から一目置かれる存在へと変貌した―――本人は全く気付かぬうちに。
貴族は金と権力だけでは成り立たない。
だから優秀な人間ならば、構ってやってもいいかなと思うのだ。
成績発表後、声をかけてくれる人が増えたが、あれだけ勉強しても3位だった結果を受け入れて猛勉強を続けるベルタには些細な事だった。
目的の為にも誰かと深い関係にならねばならないのだが、声をかけてくるのが婚約者持ちの貴族令息とかが多いのであまり踏み込めない。ベルタはそのあたり気をつけていた。色恋沙汰が一番厄介なのはどこも変わらない。
婚約者がいるのに別の女性と二人になろうとするんじゃない。ベルタは確かにお金のない貧乏人であったが、誰かの愛人になるためにここへ来たわけではない。
なので婚約者の所に戻れと追い返し続けた。どれだけ声をかけられても追い返し続けた。ご令嬢に貴方よく弁えていてよと何故か褒められたけど当たり前のこと過ぎてよくわからない。
相変わらず目的を見失いながら猛勉強をしていたベルタ。
ふと気づいたら。
この、キラキラした人たちに構われるようになった。
(…だから、なんで?)
ベルタ本人だけが、何故そうなったのかわかっていなかった。
新連載です。よろしくお願いします。
十数話で終わる予定です。
いろいろご都合主義な点がありますがよろしくお願いします。