飛蝗
「イナゴだ……」
秋山さんが絶望的な顔で立ち尽くしている。
朝起きたら、島中にフワフワとバッタが飛び回っていた。紙吹雪のような幻想的な光景。でも、こいつら食欲が半端ない。バリバリ凄い勢いで植物を食べていく。
虫使いの羽山も、さすがにこの数はお手上げのようだ。
赤松はとりあえず結界で稲を重点的に守り、対バッタ用の新しい結界を構築中らしい。難しい顔をしている。
「イナゴじゃないよ、バッタだよー」
セーラちゃんが狂喜乱舞してバッタを採りまくっている。曰く、イナゴの方がバッタより美味しい。が、バッタもかなり美味しいらしい。
あれかな? ベニズワイガニみたいなポジションかな? 極上品は松葉ガニにも負けてないんだけどね。冷凍の輸入物だと身がスカスカだったりすることもわりとあって、しょんぼり鍋パーティーになったりするんだよ。
「えー、セーラちゃんその子達も食べちゃうの?」
虫使いの羽山にとってセーラちゃんは天敵みたいなものだ。虫が嫌いだとか言ってたのに、いつの間にか虫を可愛がるようになってしまった。
「半日ほど袋の中で糞出しさせて、熱湯でさっと湯通ししてから天日でしっかり乾燥させるんです。高級食材なので高く売れますよ」
「ああ、売るのね。あたし達が食べるんじゃないんだ。良かった。バッタ用のフィルタできたわよ」
周囲の空間からバッタだけを選別して濾し採る結界。トン単位でゲットだぜ。昆虫の単位じゃないよね。
セーラちゃんの指導の下、結界の中でしっかり糞をさせる。一夜明けると糞だけで数トンが積みあがった。体重の半分近くが糞とか、そりゃあ糞出しが大事なわけだよ。
秋山さんがいい肥料になるかもとか言ってる。絶望してたと思っていたら、逞しい。
僕は大釜の準備だな。釜揚げイカナゴを作るつもりで特注した巨大な釜を、まさかバッタのために使うことになるとは。
干物トリオはゴザを広げて天日干しの準備だ。なんか祭りみたいになってきた。
煮立った大釜に、生きたままのバッタを入るだけ入れる。百キログラム以上はあるだろう。やっぱ虫の単位としてはおかしい。
一瞬でサクラエビのようなピンク色に変わる。
「今です、あげてください」
セーラちゃんの指示で、茹で上がったバッタが一気に引き上げられる。結界は便利だ。
「何これ? エビっぽさが半端ないんですけど」
いい匂いもしているし、ここまで来ると食材感がある。
ゴザの上に広げて、太陽の光で乾燥させていく。あれ? ゴザが足りるだろうか? 仕方ない、処理能力を超えている分は、アイナ村におすそ分けだ。
煮あがったバッタを空飛ぶ絨毯に満載し、大陸間弾道飛行でアイナ村へ。
村人達の反応がヤバかった。
「え? バッタって、そんなに人気なの?」
次々にゴザが広げられ、村中でバッタ干し祭りだ。
子供達はそのまま食べちゃったりしている。
大人達は、頭と羽と後ろ脚をちぎって、塩を振って食べている。枝豆感覚?
地面に投げ捨てられたバッタの頭や脚は、鶏達が死に物狂いで食べている。中には干してあるバッタを狙う鶏もいるが、見張っている子供達に追い払われてしまう。
「ひょっとして、バッタって美味しいのかしら?」
赤松はバッタの味が気になり始めたようだ。
「まあ、美味しいけど、昆虫独特のクセはあるから慣れは必要な味だね。佃煮とかなら比較的気にならないかも」
これだけ喜んでもらえたら、運んだかいもあるというものだよ。
「明日からの卵はとびっきりだよ。楽しみにしておくれ」
鶏にバッタを食わせると、卵が美味しくなるんだそうだ。本当かなあ。本当だったら残りのバッタも全部あげちゃうか。
島に戻ると、バッタの羽もぎ大会になっていた。セーラちゃんの指示で、頭と羽と後ろ脚をちぎって捨てている。硬くて消化に悪いそうだ。
「後ろ脚なんて、筋肉がたっぷりで美味しそうなのにね」
「トゲトゲが危ないんです。口を怪我したり、胃や腸に穴が開くって言われています」
確かに痛そうだ。
僕も頭をちぎるのを手伝う。最初こそ抵抗があったけど、慣れるとエビの頭をとるのと変わらない。
じっくり見ると日本のトノサマバッタとそんなに変わらない。二回りほど小さいけど、煮たせいでだいぶ縮んだかも。
いろいろもがれてソーセージみたいになったバッタを、セーラちゃんがフライパンで炒めて塩とスパイスで味付けしている。
「おひとついかがですか?」
嫌がると思っていた女子達も恐る恐る手を伸ばしている。
「あれ? なにこれ美味しい」
「サクサクでスナックみたい」
どれどれ? 確かに食感が楽しい。サクサクよりもっと軽いシャクシャクって感じ?
虫臭さもスパイスで気にならなくなっている。セーラちゃんは天才か。
「日本のビールが飲みたくなる味だ」
秋山さんも沢山食べている。確かに美味しいけど、食べ過ぎは消化に悪いんじゃないかな? キチン質だし。エビの素揚げとかも食べ過ぎると駄目だって聞いたことがある。
「何? あれ?」
吉田が海の方を指差す。何か光った? 魔法の火球みたいだ。
海を渡っているバッタの群れを、竜骸が魔法で攻撃している。無駄だと思うなあ、焼け石に水だよ。
いや、それよりも、島に来られるとマズいな。こっち来んな。
僕の祈りも空しく、三機の竜骸は島に近づいてくる。ああ、あれは神の国の聖鎧だ。黒いから黒の塔の連中だ。