太公望は馬鹿じゃない
潮だまりの先、海に突き出した大岩に腰をかけ、のんびり釣り糸を垂らす。
僕とセーラちゃん、そして秋山さんの三人だ。
魚が必要なら赤松の結界で群れごと掬える。でもこれは遊びとしての釣りなんだ。
きっかけは、セーラちゃんのテグス作りだった。丸々太った大きな毛虫を拾って来たセーラちゃんが、ぷちっと潰してお酢で洗い、にゅーんと引き延ばしてテグスを作った。
繭から生糸を採るのは知っていたけれど、これはちょっとワイルド過ぎるよ。女子達はセーラちゃんが握ってる毛虫を見た瞬間に逃げて行った。羽山だけは、お願い殺さないでとか言ってたな。
やって見るとなかなか面白く、林道を徘徊している毛虫を拾い集めて夢中で作った。セーラちゃん曰く、季節ものらしくて、こんなに捕れる日は年に何日もないらしい。
完成したテグスはなかなか丈夫なもので、普通に釣りに使えそうだった。思い立ったら釣りですよ。
釣り針は以前購入していたものを使う。骨から削り出してもいいんだけれど、やっぱりすぐ釣りたい。
気に入った棒を竿にして、先端にテグスを結んで準備していると、秋山さんが仲間になりたそうにやって来た。空気の読めないオッサンだけど、本当に釣りが好きなんだろうね。
照り付ける太陽の下、お揃いの麦わら帽子をかぶり、海面に糸を垂らす。餌は足元に張り付いているフジツボとか貝、小さいカニなんかだ。
ガチで釣るなら早朝がいいんだけれど、遊びだしな。釣れても釣れなくてもいい。たまには海を眺めてぼーっとするのがいいんだよ。
「平和だなあ」
カラフルなスズメダイが集まってきて、上手に餌をかっさらっていく。別にいいんだけどね。スズメダイは意外に美味しいけれど、小さいので調理が面倒臭い。ぶっちゃけ、釣れて欲しくない相手だ、
「綺麗ですねえ」
「南海の楽園って感じだね」
眺めて楽しむ分には凄くいいな。
「こんなに原始的な仕掛けでも、釣りは面白いな」
秋山さんはやっぱり空気が読めないな。頑張って糸を作ったセーラちゃんがプンプンモードだよ。これで悪気はないんだからタチが悪い。
「こうしていると、一連の勇者騒ぎが嘘のようだ。心配し過ぎじゃないのかな? 勇者といってもただの高校生じゃないか。君のクラスメイトなんだろう? 話せばきっとわかり合えるさ」
本気で言ってそうで怖い。須田は簡単に人を殺す。あいつなりの理由があるのかもしれないが、そんなの知ったこっちゃないよ。訳の分からない理由で、矛先が自分に向いた時のことを想像できないんだろうか?
「他人を信じられないでいるよりも、信じて裏切られる方がいい。最近ね、そう思えるようになったんだ」
「それは、ただの馬鹿ですよ」
「裏切られちゃダメでしょ」
セーラちゃんとは気が合うなあ。
「君達はまだ若い。本当に自分の考えが正しいと、疑いなく言えるかね?」
「あの、どうして信じる必要があるのですか?」
「それは、だって哀しいじゃないか」
「生きていれば哀しいことだらけです。殺されてしまえば、そんなことも言っていられなくなります」
あー、これはセーラちゃんの勝ちだな。
秋山さんは多分、今の閉塞感から早く抜け出して楽になりたいんだろうけど。
釣りが好きなら、焦らず待つのも大事だってわかってよ。
「須田の奴、聖都に入って無茶苦茶始めたでしょ。随分恨まれてるみたいだし、下手に関わると僕らに怒りの矛先が向きますよ」
「だから、そうならないように、きちんと説明をだね」
「何をどう説明するんですか?」
セーラちゃんの素直な質問に、秋山さんは答えられなかった。
そもそも須田の行動の目的すら僕らは知らないんだからな。多分、世界征服とかそっち系だと思うけれど。
「お、来た来た!」
空気を読んで魚がかかってくれたし。引きはそこまででもないけど、手作りの釣り道具だけにドキドキ感がある。
いつテグスが切れるかとハラハラしながら、なんとか釣り上げた。ベラだった。ベラに似た魚だ。
「綺麗な魚! 派手! 毒あるの?」
「ベラは、味はいい。小骨が多いから食べにくいけれど……」
良かった。秋山さんも魚を見て機嫌がなおったみたいだ。ベラについてベラベラ語り始めたよ。
釣果としてはベラ一匹だったけれど、秋山さんの考えてることも少し知ることができた。この人は勢いだけで須田に会いに行くかもしれない。要注意だな。




