ダークナイト襲来
ただ飯を食わせてもらうのも悪いので、オーリィさんの手伝いを始めた。
空を飛んだことがバレて、せっかく作ってもらった鎧が使用禁止になったからご機嫌取りをしようとか、そういうのではない。
そもそも、ベラベラ喋ってしまうハルバルさんが悪い。飛んだのではなくジャンプしただけだと言う僕の主張が聞き入れられる筈もなく……
まあいいや、働かざる者食うべからず。いつまでも甘えていられない。
ご近所の風車をメンテナンスする簡単なお仕事です。
本来はオーリィさんの仕事なんだけれど、あの人は風の力で強引に回すだけだから、すぐにまた調子が悪くなってしまう。
そもそも問題は風車の軸受けの精度にある。ベアリングどころか、金属製の軸受けすらない。ただ丸太を支柱の溝にハメているだけの構造だ。
元々摩擦抵抗が大きいところに、軸受け部にいろんなゴミが溜まってきて、どんどん回転が渋くなる。
それでも、一度回り始めれば風が吹いている間は動き続けるから、風魔法使いの出番となる訳だが……
いちいち面倒くさいので軸受け部の掃除をしたら、軽く回るようになって皆に喜ばれた。
いや、たまには掃除くらいしようよ。少なくとも風車職人は構造を理解しているだろうに。いや、そうすると風車職人の仕事が減るのか。余計なことしちゃったかもなあ。
定期的にメンテナンスするより、動かなくなったら新しいのを作る方が合理的って考え方もあるよね。柔らかい木材を使っているから、風車そもそもの寿命が短そうだし。
僕の科学知識でも、もう少し高性能な風車を作ることくらいはできそうだ。でもそこまでしないよ。
科学は人を豊かにするかもしれないが、幸せにするとは限らない。だから僕の知識は自分のためだけに使うことにしよう。
異世界の住人に知識をひけらかして、いいことをしたつもりになっていたかも。そんな自分が恥ずかしい。
昔の偉い人は言った。
正義の味方には気をつけろ。自身が正義執行する際はもっと気をつけろ。と。
正しいことって難しい。最近はおならの力が強くなってきたから、いろいろ考えさせられるよ。
角笛を吹き鳴らしながら、次の村に向かう。風魔法使いが来ましたよっと。止まってる風車はありませんかね。
そこいら一面の畑にはピンク色の可憐な花が咲き誇り、凄くファンシーだ。蜂の蜜源になるだけでなく、ちゃんと食べられる実がなるらしい。
ここだけ見てればおとぎの国だな。だがしかし、そんなお花畑を踏み荒らし、なんかヤバいのが近づいてくるのが見えた。
黒づくめの鎧を着た男が、死神の鎌みたいなのを背負ってやって来る。うわあ、絶対アブナイ奴だ。関わり合いにならないでおこう。
遠回りになるけど、脇道にそれる。
あ、追いかけて来た。避け方が露骨だったかな? ヤバい奴らって逃げると追って来たがるよね。
かといって逃げなければ絡まれる。本当に困った存在だ。
あれ? でもあいつ、歩くのそんなに速くないぞ。鎧が重いみたいだな。
ジョギングくらいのペースで走ると追いつけない。そのまま朝のランニングコースを一周する。
「待てよゴラアッ! これ以上逃げたらこの村の奴ら皆殺しにするぞっ!」
間違いなく悪党だろう。正義執行していいだろうか? いやいやいや、そういうのは駄目だって反省したばかりじゃないか。
黒鎧はぜいぜい息を切らしながら、近くにいた村人達に襲い掛かるが、皆蜘蛛の子を散らすように逃げてしまう。悪党するにも素早さは必要だな。
そうだよ、機動力を高めて厄介事から逃げてしまえばいいんだ。僕の鎧、早いとこ返して欲しいな。
のんびり見てないで、今のうちに僕も逃げてしまおうか。
「待てよ! 逃げるなって! そこを動くな! 舐めてんのか?」
どこかで聞いた声だな。しかも直接日本語が聞こえて来る。ひょっとしてクラスメイトの誰かかな?
「誰かと思えば、不良グループのパシリ君じゃないですか」
「うっせ! 俺をパシリと呼ぶ奴は皆殺しって決まってるんだよ。俺が決めた今決めた! お前、死んだかんな」
「不良の人は口癖のように殺すとか言うけど、この世界では止めた方がいいな。本気の殺し合いに発展しかねないよ?」
「うっせいうっせい! 俺はここじゃ殺す側の立場なんだぜ。いわば肉食獣。何せジョブがダークナイトだからな! 賢王様にレジェンダリーウエポンを貰っちまったかんな!」
「へえ、なんかおめでとう。ダークナイトって強いのかい?」
悪いけど、そんなに強そうには見えないな。ぷぷぷ、足があんなに遅いんじゃなあ。
「聞いて驚け! このデスサイズを使えば、人の魂をアイテム化することができる。俺がいなきゃ聖女も賢者も死者蘇生が使えないのさ。だから俺が一番偉いんだ」
ああ、オーリィさんも魂が必要な話はしていたな。
「でも、それじゃあ人殺しじゃないか!」
「お前は小さい奴だなあ。小さい、ちっせえんだよ。一人殺せば人殺しだが、千人殺せば英雄って知らんのか。正義のためには生贄が必要さ。殺しはいいぞ。カイカンだぞお。特に若い娘の魂を刈り取る瞬間はたまんねえよなあ」
こいつ、どこかおかしいんじゃないか。ダークナイトのジョブの影響だろうか?
「お前、変わったな。以前はひょうきんな太鼓持ちキャラだったのに。悪くなった。凄く悪くなった」
「うっせうっせ! おならヤローが生意気なんだよ。大人しくお前の魂をよこせよ! わざわざとりに来てやったんだから。こんな遠くまで逃げやがって、苦労したぜ」
わざわざ僕の魂を刈りに来た? でも何故だ? 既に大勢殺したんじゃないのか?
何か秘密がありそうだけど、どうやって口を割らせようか。
「……良くここがわかったね……」
「たりめえよ、賢王様の諜報網なめんなよ。なんか地球人の蘇生には地球人の魂じゃないと駄目みたいでなあ、何が悲しくてこんなド田舎くんだりまで俺が出張って来なきゃならないんだ? そういうことだからさ、空気読んで死んでくんない? 正義のためだしよ、お前なんか生きててもいいことないんだから」
勝手に喋ってくれたな。貴重な情報をありがとう。死者蘇生の仕様は大体わかった。
拷問とかしなくても、普通にお喋りしていれば全ての秘密を聞き出せそうだ。
「で、なんで僕なんだ?」
「そりゃあ、普通は役立たずから順番だろう? ぶっちゃけ、俺と勇者と聖女がいれば、他の奴らは回復アイテムに変えちまっていいと思うけどな」
酷い話だな。こいつはここで倒しておいた方が、世のため人のためな気がする。でも、それじゃあ僕もこいつと大差ない?
なんかそろそろ殺されそうなんで、とりあえず一旦逃げようか。あれ? 動けない。
「ククク、バーカ。死神の鎌からは逃げられねえんだよ。俺がノロマだと侮って油断しただろ? 馬鹿みたいにペチャクチャ喋りやがって。おい、今どんな気持ちだ?」
ふむ、結界的な何かか。いや、地面から黒い鎖が生えて僕の足に絡みついている。これで相手を動けなくして足の遅さをカバーしてるんだろうな。
物騒な大鎌を振り上げて、へっぴり腰で近づいてくる。
「お前の命を刈り取ってやらあっ」
「仕方ないなあ、もう。ファイアー」
火炎放射で押し返す。手加減したつもりだったけれど、派手に吹き飛んで行った。あ、酸素入りのガスを使っちゃったかな。ちょっと焦ってたみたいだ。
「アチッ! うぎゃああ! 死ぬ死ぬ!!」
ダークナイト君は地面をゴロゴロ転がり回っている。
「もう大袈裟だなあ。レジェンダリーの鎧なんだろ? あ、ひょっとして火が弱点とかあったりする?」
「熱い! 鎧熱い!!」
「あー、確かに焼けた金属だしね。早く脱がなきゃ。全身火傷しちゃうよ」
「脱げない! この鎧は脱げないんだ!!」
「それって呪いの鎧じゃないの?」
「死にたくない。死にたくないよう! 助けて……」
うわあ、ちょっとやり過ぎたかも。僕の鎧は火を浴びてもへっちゃらだから、他の鎧も同じ感覚でやらかしてしまった。だってレジェンダリーとか言うからさ、おならの炎で大ダメージとか普通思わないよ?
まあ、本気で殺そうとしてきたし、死んだら死んだで自業自得ってことでいいか? いや、駄目だな。人命は地球より重いらしいし、未成年なんだから更生の機会は与えてやらないと。
僕を縛っていた鎖はすでに砕け散っている。魔法のたぐいだったんだろうな。
まだ熱い鎧の継ぎ目をナイフでカリカリしてみるが、これはどうにも無理みたいだ。ナイフの先が欠けてしまう。
「この胸のオーブみたいのが怪しくない? 多分スイッチだ」
「駄目だ! 触るな!!」
「あ、ごめん。なんか割れちゃった」
ほとんど力は入れていない。だって、胸部装甲の真ん中に飾ってあるパーツがこんなに脆いとか、普通思わないよ。多分、焼かれてヒビでも入ってたんだ。
ぽっかり胸に空いた黒い穴から、次々に幽霊みたいのが飛び出して来る。恨めしそうに周囲を飛び回り、中にはダークナイト君の首を締めに行く者もいる。
「こいつら…雑魚キャラの癖に舐めやがって! 鎌だ! その鎌で追い払ってくれ!!」
「駄目だよ。幽霊さん達に悪いし」
殺された被害者には復讐の権利があると思う。
「どっちの味方だゴラアッ!!」
「それだけ元気なら大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない! HPがどんどん減っていく! 俺は悪くないんだ! 命令されてやっただけなんだ!!」
賢王に命令されて、異世界人を三十人ほど手にかけていたらしい。
今更謝ったところで幽霊さん達は許してはくれないみたいで、顔色が急速に悪くなっていく。精気を吸い取られている?
「帰りたいよう……いやだ…しにたくない、し、シシシシシッ」
あれ? ダークナイト君が巨大化していくぞ? 二メートルくらいかな、巨大化にしちゃ、ちょっと微妙? まあ、巨大ロボサイズになられても困るんだけれど。
再起動したかのように元気に跳ね起きる。どうやら第二ラウンドのようだ。仕方ない奴だなあ。
鋭い鎌の一振り! おならジャンプで辛うじて躱す。うわあ、こいつマジ本気だ。
あれ? 兜から覗くパシリ君の顔は、ミイラ化している。眼球がなくなってるし! どういうこと?
「鎧に喰われたんじゃ! 生ける鎧じゃ。魔法は使うな! 吸収されちまうぞ」
誰かと思えばハルバルさんじゃないですか。いつの間にか周囲にかなりのギャラリーが集まっている。命知らずな野次馬だ。
「危ないからみんな逃げてよ!」
「生ける鎧には聖銀のハンマーが特効なんじゃ。待ってろボンボン! 持って来てやる」
うーん、良く分からないけれど、どうやらパシリ君は呪いの鎧に取り込まれてしまったようだ。
人間だった時より動きは数段良くなってるよ。ハルバルさんを待っている余裕はないな。
僕を追いかけてくるので、ひたすら走って逃げる。かなり本気で走らないと追いつかれる。走るのまで速くなってるよ。
作戦ならある。目指すのは沼にかかる小さな橋だ。重い鎧なんだから当然水に沈むだろう。呼吸をしていないなら溺れないかもしれないけれど、泥沼から這い上がってくる頃にはハルバルさんがハンマーを持ってきてくれる筈だ。
橋の上で足を止め、くるりと振り返る。
追いかけて来たダークナイトも足を止め、鎌を振り上げる。
よし、僕の勝ちだ。
「くらえ! 百裂ボム」
メタンと酸素の混合気体を握りっ屁にして次々叩きつけていく。攻撃ではない、爆発の衝撃波で沼に突き落とす!
あれ? あれれ? 小爆発が起きるたびに、硬そうな鎧が次々にクレーター状にへこんでいく。もしかして衝撃が弱点? ああ、ハンマーが特効ってそういうことか。
本当に百発くらい握りっ屁を叩き込んだ頃には、呪いの鎧はボコボコの鉄屑と化して動かなくなっていた。
いや、どこまでやればいいか分からなかったので、ちょっとやり過ぎちゃった。そもそも鎧だけで動くとかおかしいし。
呪いをやっつけたってことでいいのかな? おならで倒されるとは情けない呪いだった。
「おいボンボン! 聖銀のハンマー持って来たぜ……おいおい、どうなってんだ?」
「思ったより弱かったんで、物理でボコボコにしてみました」
クラスメイトを殺してしまったのに、自分でも驚くほど冷静だ。今はまだ戦いの高揚感が残ってるからなあ。今夜あたり落ち着いてきたら、鬱になるかも。
いや、呪いの鎧を破壊しただけだし。むしろパシリ君の仇をうったんだと考えることにする。成仏しろよ、名前は覚えてないけど。
僕を殺そうとしたり、いろいろ凄く悪い奴だったけど、あいつは自分が正義だと言っていた。
蘇生魔法に必要なアイテムを集めていたんだな。そのために多くの人を手にかけた。誰かに命令されたと言い訳じみたことを言っていたけど、本当にそうなのかもしれない。
死者蘇生の闇は深いな。怖いから関わらないでおこう。
近くに転がっていた大き目の石を墓標にし、野の花を手向ける。
死後の世界が本当にあるのなら、せめて魂だけでも故郷に帰りたいものだ。