カレーの王様
僕は激怒した。香辛料の入手先の一つが盗賊に襲われた。カレーのピンチだ。
吉田という神の舌の持ち主が仲間に加わったことで、カレーの品質も劇的に向上し、専門店やホテルカレーを超えるレベルになったというのに。スパイスの入手が出来なくなれば、二度とあのカレーを食すことができなくなる。
一度上がった食生活を下げることは、なかなかに辛いことなんだよ。異世界に無理やり召喚されて失ったカレーを、皆でさんざん苦労して取り戻した矢先に、これはないよ。
この世界の大商人はしっかり武装しているから、ヒャッハーな連中に襲撃されても余裕で撃退できる筈だった。だけど新手のヒャッハー達は、手投げ爆弾やロケット花火で武装していたんだ。中にはバズーカみたいな武器を持っている奴までいた。
マイクロ気化爆弾をお見舞いしてやったらヒャッハー軍団はあっさり吹き飛んだ。危険物を大量に持ち歩いてるんだから、ちょっと火をつけてやるだけで良かったんだ。
ただ、気になったのはバズーカの弾が爆発せずに残ったことだよ。粗雑に作られたロケット弾を、回収して詳細に調べてみると、火薬ではなく蝋みたいな物質が詰まっていた。試射してみるとちゃんと飛んでいって爆発した。
プラスチック爆弾は火をつけても爆発しないって、漫画でやってたし。なんかそういうのかもしれない。
こんな物を作った奴らの見当はついている。不良グループとクズ教師のコラボだ。
世のため人のため悪は倒すのが筋なんだろうけど、戦闘職の不良とか僕より強いに決まってるしなあ。それにあいつらは苦手なんだ。直接暴力を振るわれた訳じゃないけど、なんか凄く関わりたくないオーラを出しまくってるし。
本気で戦うなら、やりようはあると思う。殺してしまう覚悟があるのなら。
だけどあいつらだって戦闘用の凄いチートを持っていることだろう。本気の殺し合いになれば、殺される覚悟も必要だ。
殺す覚悟と殺される覚悟。はあ、キツイよなあ。なし崩し的に戦うなら致し方ないけれど、わざわざこちらから襲撃するとか、カレーのためだとはいえハードルが高過ぎる。
それに、馬鹿どもの手下になってヒャッハーしてるのもこの世界の人間なんだよな。
そうなると、この世界の人達を救うために僕が立ち上がるのもなんか違う気がする。
ヒャッハー達と戦うために神の国とかいう組織が頑張っているみたいだしね。名前からして宗教団体みたいだけれど、聖なる鎧とかいうアーティファクトを装備した天使みたいな連中らしい。
空飛ぶロボに、今度は天使ときたか。色々いるね。
ヒャッハー達のバズーカは果たしてどこまで通用するのか? おならバリアーで防げるだろうか? ロケット兵器の貫通力は凄いって聞いたことがある。実験用に一発残しておくべきだったなあ。
今度ヒャッハー達と戦うことがあったら、念のためにバリアーは二重にしとこう。
別にスパイスの入手先は一つじゃない。香辛料取引は金の生る木だから業者はいくらでもいる。
冷静になった僕は、国をいくつか飛び越えて別の店に向かう。
空から一目見て嫌な予感がしてたんだよ。店舗は半壊していた。市街地全体に被害が出ている。
「これってもしかしてヒャッハー達の襲撃ですか?」
通りすがりの人を捕まえて聞いてみる。
「センコー教の手下達の仕業だ。神の国の軍勢が追い払ってくださったがね、これから大変だよ」
天使が見られるというので行ってみると、何やら黒山の人だかりだ。
どこかで見たようなロボットが二機、瓦礫の山を片付けていた。あれ? アイナ村を襲撃して来た奴らに似ている。こっちは二枚羽根と四枚羽根だけど。
見物している子供達が夢中で話しているのを盗み聞きする。二枚羽根は飛べない。四枚羽根は飛べるけど戦闘には参加しない。戦うのは六枚羽根の天使らしい。
天使って……どう見てもただのロボだろ。
人力でやるよりマシだけれど、パワーショベルとかダンプカーの方が絶対役に立つと思う。ロボの前に普通のエンジンとか作ろうよ。
神の国とやらが、いい人っぽいのはわかった。アイナ村を襲った連中とは別口かもしれない。あのロボって、わりと一般的な存在なんだろうか?
瓦礫の撤去作業なら、赤松の結界があれば一発なんだけどな。儲けるチャンス? でも目立つのはリスクだよ?
別に金策には困ってないし。それより今は香辛料の入手だ。
商人達が軒並み襲われてるんじゃ、いちいち産地まで買い付けにいくしかない。凄く安く買えるんだけど、単に面倒なんだよね。
島のみんなは、最近はセーラちゃんまで、とにかくカレーが大好きだ。もちろん僕もだ。食べられないとなると、どうしても食べたくなってきた。世界中を飛び回って買い付けることにする。
なあに、沢山買ってストックしておけばいい。
とりあえず今日は在庫が切れたカルダモンだけでも補充しておくか。
人気のない場所まで移動する時間の方が、飛行時間より長いというのも考え物だよ。夜なら見られる心配は無くなるけど、取引相手が寝ちゃってるからなあ。
見えなくなれる魔法が切実に欲しい。残念ながらおなら魔法にそういうのは、今のところない。
産地での香辛料価格は軒並み下降気味だった。そりゃあ、商人達が片っ端から潰されていけばそうなるよね。
船の航行速度が遅いから、まだ影響は限定的だけれど、これじゃあ暴落待ったなしだね。
生産者が困ると、巡り巡って僕らがカレーを食べられなくなる。
じゃあ買い支える? 手持ちの資金には限界があるよ。はあ、転売するしかないじゃないですか。自転車操業?
潰された香辛料商人の代わりを僕がやらなくちゃならないとか、ちょっと嫌なんですけど。不良グループと命懸けの戦いをするのとっどっちが嫌かと言えば、嫌さのベクトルが違うよね。
ただ、生産農家さんに感謝されるのは嬉しい。消費地に運べば需要はあるから、言い値で売れるしね。やり手の商人達は、僕から買った価格の何十倍の値をつけて巨万の富を築くんだけれどね。まあ、好きにしてって思う。
金持ちはヒャッハー達のターゲットになるわけで、あまりアコギな商人だとやられてもざまあ?
盗人にも三分の理って言うしね。不良グループにも何らかの存在価値はあるのかもしれない。
なんちゃって香辛料貿易を始めてみて、まだそんなに経っていないというのに。
なんかお金が溜まり過ぎてヤバイ。インベントリに入れておくのもMPの無駄なので、グラさんの海底貯金箱に入れたりしている。
要するに海底の泥の中にぶちまけた。数百年先まで残ることは実証済みだしね。何割かは潮に流されちゃうだろうけれど。
もしいつの日かグラさんが復活したとしたら、見つけて役に立ててくれるかもしれない。
お金って無いと困るけど、あり過ぎても持て余すんだね。溜まる一方なんで、使い道がなければ海にばら撒くしかないんだけれど、一つ気になることがある。
貨幣の流通量が減るとデフレになると聞いたことがある。まあ、もし足りなくなったら国が発行すればいいだけと思うんだけど、僕が撒いているのは金貨だ。材質は金だ。
この世界の金が不足してしまう? まさかねえ。僕一人にとっては大金でも、世界全体から見ればはした金だろう。
生産者からはできるだけ高く買って、商人達にはできるだけ安く売るようにしているんだけどなあ。そうするとますます皆が僕と取引しようとするから、薄利多売でやっぱり馬鹿みたいに儲かってしまう。むしろ取扱量が増えて一層大変だ。
コロやセーラちゃんと遊ぶ時間を削ってまでやることじゃないよなあ。よし、やーめた。なんか飽きたし。僕には商売は向いていない。飽きないから商いって言うらしいよ?
大丈夫だ。謎の行商人が一人、突然消えても、世界は回って行くよ。




