白の司教
聖都の大神殿、古の神々が作ったとされる天高く林立する尖塔が見る者を圧倒する。
その塔の一つを任されるモリーエール司教は、ベッドに身を起こし遅い朝食を楽しんでいた。
純白の天蓋つきベッド。半身が埋もれる程柔らかな羽根布団も真っ白である。
床も壁も天井も白で統一されており、黄金で装飾されている。モリーエールは白と金色を自らの色として好んで使っていた。白は見る者に清廉潔白な印象を与え、金色は絶対的な権威を感じさせる。
宗教国家を事実上支配する四人の大司教の一人、白のモリーエール。
弱小領主の三男として生を受けたこの男は、魔法も使えず武の才能にも恵まれていなかったが、勝ち馬に乗る嗅覚だけは天才的であった。
とんとん拍子に出世して、大司教の地位まで昇りつめたが、気がつけば肉体は年老いて人生は残り少ない。
今となっては食事だけが彼の喜びであった。
半熟に茹でられた卵に、裏ごししたキノコのソースをほんの数滴。黄金の匙で掬い皺くちゃの口に押し込む。
静かな部屋に、ぴちゃぴちゃと舌を鳴らす音だけが響く。
扉の脇に控える二人の聖騎士は、息を殺して固まっていた。
白の司教は食事を邪魔されるのを殊の外嫌う。しゃっくりを上げただけで物理的に首が飛ぶのだ。異教徒との戦では先陣を切る猛者達が、皺くちゃの老人相手に戦々恐々としているのだ。
そんな中、扉が乱暴に叩かれる。返事も待たずにズカズカと入り込んで来たのは、モリーエールの従者だった。
「私は食事中なのですが」
震えあがる聖騎士達を横目に、粗末な旅装のままの従者はどっかりと大司教の椅子に腰をおろす。
「なら食いながら聞いてくだせえ。竜骸が三体もやられました。本物の竜の騎士がまだ辺境に残ってたんでさあ。見た奴の話じゃまるで勝負にならなかったって、こりゃ本物ですぜ。どうしやす?」
モリーエールは片手を上げて男を黙らせると、ゆっくり残りの朝食を平らげる。
「異界の聖女が手札に加わり、計画が成就すると思われたこの時に、思わぬ邪魔が入ったものですね。いえ、ならばこれも試練なのでしょう。魔族の地には誰が派遣されていますか? 夜までに資料を揃えてください」
最後の言葉は聖騎士の一人にかけられたものだった。男は一礼し大慌てで退室する。書類仕事が上手くいけば出世に繋がるかもしれず、ヘマをすれば命はない。できるかどうかではない、やるしかないのだ。
「旦那はこれから会議ですかい?」
「そう、大事な会議です。これから聖職者の矛となろう存在に竜骸という呼称は相応しくありません。私は神鎧を推すつもりですので、対立派閥の情報を掴んだら報告するように」
「名前なんざどうでもいいと思いますがね」
「お前などにはわからないでしょうが、それが政治です。名を捨て実を取るもまた良し、どうでもいい呼称で小国が買える程の富が行き来するのですよ」
「おっと、儲かるんなら話は別だ。危ない橋だって渡って見せますぜ」
「ああ、それと竜の騎士の話は他言無用ですよ」
「わかってますって。黙っているだけで大金が転がり込むんだ。やっぱ旦那は話がわかる」
騒々しい男が立ち去り、部屋に静けさが戻る。
「何故あのような下賤な輩を好き勝手させておくのでしょうか?」
「そうですね。あなたが責任をもって始末しておいてください」
清濁併せ呑むが、用済みになった手駒は後腐れなく切り捨てる。それが白の司教と呼ばれる男のやり方だった。
『まだ私の寿命は残っている。無敵の竜骸を蹴散らす存在が現れた? 実に好都合ではないか。混乱に乗じて私は成り上がってきた。今度も上手くやるさ。全てを手に入れるか、最後に全て失うか? だから博打は面白いのだよ』
モリーエールは名残り惜しそうに金の匙をしゃぶる。冷たい黄金は、もう何の味もしなかった。




