悪女のプライド
領主の館、座敷牢同然のその離れで、嫡男のマイヨールは衛兵隊長相手に酒を飲んでいた。
酸っぱいワインにチーズ、さらに珍しい海の魚の干物。貧しい地方領主の跡継ぎとしては結構な贅沢である。
「父上はミレーヌを監禁して、毎日通っているそうじゃないか。ああ、可哀そうなミレーヌ。きっと酷い目にあっているに違いない」
「ミレーヌ? イフリート村を襲ったイーリアのことでしょうか? ミレーヌというのは偽名でしょう」
「何を言う、イーリアが偽名なのだろう。あの人は高貴な生まれだそうだからな、お前のように身分の低い者には本名を明かさなかったのだ」
「はあ」
衛兵隊長のトロアは、次期領主と言い争う愚は冒さなかった。取り調べの際、イーリアは紳士的に振舞う彼の態度に一目惚れしたのだ。ミレーヌなどという偽名を使っているのは、自分への真実の愛を貫くために違いない。
「私はミレーヌを妻にするぞ。彼女には異民族の血が混ざっているが、真実の愛の前には些細な問題だ」
「いや、だって、坊ちゃんには立派な婚約者様が……」
「政略結婚など時代錯誤だ。私は進歩的なのだよ」
「勘弁してくださいよ。格上の貴族のお嬢様ですよ、こちらから婚約破棄なんかしたら戦になります」
「勝てばいいのだろう。お前は竜の騎士を知っているか?」
知っているも何も、領内はその話題で持ちきりだ。昔話の巨人が現代に蘇ったのだから、騒ぎになるのは当然だ。
「山沿いの村々で祭りに使っていた案山子が、実は古いゴーレムだったとかどうとか。村人が武器を持つのはご法度ですが、古い盟約があるとかで我々も手が出せんのです」
「だいたいそれで正解だ。ミレーヌはその竜の騎士の騎士なのだ」
イーリアを取り調べたのはトロアなので、もちろんそのことも知っている。だが、それより気になったことがあった。
「あの、坊ちゃん。騎士の騎士ってのは変じゃありませんかね?」
「そうかな? 騎士は馬から降りても騎士だけど、騎士が降りたら馬は馬だな? そうなると……どうなる? いや、呼び方などどうでもいい。ミレーヌを我が妻にすれば、竜の騎士の力が手に入るということだ。そうなればわが軍は無敵だ」
「なるほど。それで、肝心の竜の騎士は……その、ゴーレムの方はどうなさるんで?」
「山の村から献上させればよかろう?」
「盟約を盾に従わんでしょうな」
「領主に逆らえばどうなるか、見せしめに家の数軒でも焼いてやればいい」
「相手には一騎当千の竜の騎士がいるのに? しかも一つの村だけじゃありません。少なくとも三つの村に戦える奴がいます。山の連中は仲間意識が強い、反乱になります」
「でも、でも、反乱とか国軍が動くんじゃ? あ、古の盟約を持ち出されたらこっちが不味いのか」
名案だと思っていたアイディアを否定された嫡子様は、ひたすらヤケ酒をあおり始める。
一方トロアはイーリアが自分に下げ渡される可能性について皮算用をしていた。こうした場合、領主が飽きれば部下に下げ渡されることは良くあることなのだ。そして偉い人というのは飽きっぽいと相場が決まっている。
このお坊ちゃんも三日もたてば、ミレーヌとやらのことはすっかり忘れているに違いない。
「おおドロシー! そんな悲しい顔をして。笑っておくれ、でないと儂も辛くなる」
虜囚の塔の最上階、豪華な内装の特別室に美女は捕らえられていた。尋問と称して毎日通って来る領主は、今や完全に彼女の虜であった。
特に媚びているわけではない。望む言葉を適切な時に投げかけてやるだけで、男達は彼女に依存するようになるのだ。
自らの容姿に自信はあるが、たとえ醜い老婆の姿であっても男を篭絡するのは容易いとさえ思っている。
「だけど、出来ることとやりたいことは、同じではなかったわね」
竜骸の使い手となって、生物を超越した力を振るうことに喜びを見出した。だがその世界では、彼女は一番にはなれなかった。よりにもよって格下の、最下級の二枚羽根の竜骸に、鎧袖一触で蹴散らされてしまった。
「わかる、わかるぞお。儂も領主になんぞなりとうなかった。おぬしと二人で、ずっとすごろくで遊んでいたいのじゃ」
「ヨナベチ様は本当にすごろくがお好きで」
まんざら世辞でもない。定石を使えば苦も無く勝てる程度の腕でしかないが、それでも思わぬ奇手を打たれて彼女が負けることがある。
これも一つの才能ではあるのだろう。中途半端な才能だ。
「社交界ではわざと負けるのに苦労したものだ。だが儂より強い者など世の中にいくらでもいることも知っている。ままならんものよのう」
「遊びであっても負けるのは悔しいものですから」
「さよう。そなたは儂が相手でも容赦なく勝ちに来る。だがそれがいい。負けて悔しいが、それだけに勝てた時の喜びも本物よのう。ますます愛おしく思える。どうだ儂の妻にならぬか」
こうして求婚されるのもいつものことだ。利用価値があるなら利用する。
「お戯れを」
「戯れではない。儂には三人の妻がいる。そなたを四人目の妻に迎えることくらい訳のないことなのだよ」
「私にはやり残したことが御座いますので」
「わかっておる。壊れた竜の騎士が倉にある、あれをやろう。儂の下で戦働きをすればいい」
愚かな男だ。竜骸のことを何もわかっていない。だが利用価値はある。
あの二枚羽根の竜骸と再び戦うためなら、全てを利用してやる。教団さえも。
勝てる気はまるでしないが、それがいい。この男も言っていたではないか、だからこそ勝てた時の喜びは本物になるのだ。




