玉子丼
「勝負よコロ! このタマドンに勝てるかしら!」
竹井の奴、自分でタマゴドンって名付けた癖に、いつの間にか略してタマドンになっている。
コロの突進にスッ転ばされてゴロゴロ転がって行く。まあ、本人達が楽しそうだしいいか。
女子達はすぐに飽きるんじゃないかと思ってたんだけど、コロに転がされるのが絶叫マシーンみたいで面白いらしい。
じゃれてるようにしか見えないけれど、コロとしては真剣に戦闘訓練しているつもりなんだな。
タマゴドンの防御力がやたら高い。自重が軽いのと丸っこい体形のせいで、暖簾に腕押し柳に風とダメージを受け流す。
曲面を多用した薄い装甲はピンポン玉のように攻撃を弾く。ピンポン玉と違うのは若干の弾性を持たせたことで、へこんでもすぐに元通りだ。
今はただのオモチャとして遊んでいるけれど、使い方次第では実用的……かなあ?
空を飛べる乗り物としては役に立つかもしれないけど、おならで空を飛べる僕には意味がない。
兵器としては、僕や赤松にとっては敵じゃない。でかいから何も知らない人間を威嚇するにはいいだろうけど、それなりの攻撃魔法が使えればただの大きな的だもんなあ。
多分、コロじゃオーリィさんにあっさり負ける。
オーリィさんや赤松がタマゴドンに乗れば、いい移動手段にはなるだろう。そういう使い方をするなら、複座にした方がいいよな? いや、いっそのこと輸送ヘリみたいのが便利なんじゃないの? せっかくの手足が意味ないねえ。
実用性を考えれば、赤松の結界に荷物を詰め込んで、僕が赤松を抱えて運ぶのが簡単でいいんだよ。クジラだって運べるし、百人乗せても大丈夫だろう。
いっそラピュタみたいに島ごと動かせないものだろうか? ガリバー旅行記のラピュタは大きな磁石で空を移動してる設定なんだけど、ジョナサン・スウィフト先生を馬鹿にしてはいけない。ガリバーラピュタの力こそがリニアモーターカーと同じだからだ。地球の科学文明は全て電磁力によって支えられていると言っても過言ではない。
『みんなー、昼ごはんできたよー』
吉田が念話で知らせてくれる。怠け者の彼女の唯一の仕事といっていい。でも、世界のどこにいても届くから便利だ。これだけでもデザートにプリンをつけるに値する働きだ。
そして、奇跡が起きた。
「今日のご飯はあたし特製の玉子丼! ドやあ!!」
「何故に玉子丼? どうせなら親子丼にすればいいのに。ミー君に言えばすぐに鶏肉買って来るよ」
「いや待て、これは!!」
秋山さんが何やらリアクションをとろうとしていたけど、みんな構わずパクついている。働いた後はお腹ペコペコだからね。
遊んでいた奴もいるけど、自己鍛錬も一応仕事のうちということになっている。干物余り気味だしね。どうせなら笛の練習すればいいのに。
「玉子丼はシンプルなだけに奥の深い料理なんだよ。出汁が美味ければそれなりに美味しい玉子丼はできる。だがしかし」
秋山さんはめげずに語り続ける。この人は定食屋さんのメニューみたいなのにやたらと反応する。そりゃあ社会人は外食も多いだろうし、食べて来た玉子丼の数も僕らとは桁違いなんだろうね。
「この玉子丼はあえて出汁をおさえてある。野菜も何も入れずに鶏卵の美味さだけを際立たせた逸品だ!」
「さすがオットナー! ワカッてるー」
「ちょっと、それってほぼ卵かけご飯じゃん。美味しいけどさ」
「竹ちゃんは残念な子供舌ね」
なるほど。言われて気がついたけど、ほんとに卵だけだよ。半熟炒り卵を炊き立てご飯に乗せただけ?
それでも玉子丼な感じがするのが不思議だね。僕的にはタマネギやカニ肉とかドカっと入れればいいと思うけど、これはこれで繊細でいいんじゃないかな。
「皆がタマゴドン、タマゴドンってうるさいから、食べたくなったのよ。だから今日は玉子丼記念日」
好評に気を良くした吉田が、調子に乗って変なことを言い始めた。
「記念日って、今日が何日かもわからないじゃない」
「地球の日付ならわかりますよ」
秋山さんが腕時計を見る。
「その時計、壊れてたんじゃないんですか?」
「こっちの世界は一日二十四時間じゃありませんから、時計としては役に立ちませんね。でも、地球の時間を知ることはできるんですよ。安物ですが国産の自動巻きです。人生最初のボーナスで自分へのご褒美に奮発して買っちゃいました」
長々と時計の蘊蓄を語り出す秋山さん。要約すると、腕につけていれば振動で勝手にネジが巻き上げられて動き続けるらしい。電気とか使ってないのがむしろ凄いね。
「で、今日は一体何日なんです?」
「七月十五日です。いつの間にか一年過ぎちゃってましたね」
修学旅行が五月だったから、14か月? もうそんなになるのか。
「あはは、本当だったら私達受験勉強してなきゃだわ」
そう言う羽山の顔は笑っていない。
分かっていた筈なのに、結構ショックだな。意外にも竹井が泣いている。
「ごめんよ。私がこんな物を後生大事に持っていたから」
秋山さんが腕時計を海に向かって投げ捨てる。が、赤松が結界でキャッチ。
放っといても飛距離的に海まで届いたかは微妙だな。秋山さんはレベルの割に腕力とか伸びてないね。
「こんな便利なもの捨てちゃダメよ。発芽までの時間とか調べるのに超便利かも」
「いや、だって。これは私なりの過去への決別の儀式みたいなもので……」
「男ってめんどくさいなあ」
今度は僕に皆の視線が集中する。何故に。
「時計は便利だし、入手困難だし、機械式ならこの世界でワンチャン複製できそうだし、捨てるのはないと思います」
皆がうなずく。ふう、助かった。
「なんだったら、捨てられた時計をあたしが拾ったことにしようか? 儲けー」
「あはは。若い人達は逞しいんだなあ」
苦笑する秋山さんが、なんだかとっても小さく見えた。




