ネゴシエイター
「うわあ、高い。ドキドキしてきた」
三井寺の腕に抱かれて、飛行機より速く飛んでいる。赤松はさらに強く、ひしとしがみつく。
「危ないなあ。バランスを崩すから急に動かないでよ」
「ごめん。だって怖かったんだもん」
『ミー君は本当に逞しくなった。これは今のうちに唾をつけとくべき案件。先手必勝』
赤松はクラスメイト達の恋バナには興味なかったが、恋愛に興味がないわけではない。実利主義的な打算もある。
この先、日本に帰れないとしても、三井寺の飛行能力があればこの世界でも大抵のものは手に入る。カレーで、そしてプリンで、その有用性は証明された。
力さえあれば全て手に入る? 世界征服でもすればそうかもしれないが、三井寺なら今でも何でも手に入れて来る。しかも当日中に。
『竹井と花村は最初から嫌われてる。日頃の行いが悪いから当然』
あの二人は気の弱いクラスメイト達をいじめて楽しんでいた。嘘か本当か知らないが大学生と付き合っていると言っていて、クラスの男子など眼中になかったようだ。
『羽山は秋山さん狙いだから問題ない』
元運転手の秋山は最初こそ戸惑っていたが、最近ではまんざらでもないようだ。
『セーラちゃんは可愛いけどまだロリ。ミー君がロリコンだとヤバいけど』
それでも一番のライバルだろう。少女は成長するのだ。あと数年もすれば強敵になる。
『バスガイドさんは大人の色気がヤバイ』
ただしセーラちゃんとは逆に時は味方になる。花の命は短いのだ。
『ミー君と秋山さんのカップリングは、それはそれで尊い。それだったらあたしは身を引こう』
赤松は腐っていた。
三井寺は吉田の部屋のバルコニーに音もたてずに舞い降りる。
プリンのバスケットを受け取り、するりと忍び込む赤松。
ランプの灯りをつけたまま、吉田はだらしなくベッドで寝ていた。
テーブルに食べかけのケーキが乗った皿が置かれているのを見て、赤松はほくそ笑む。彼女も一度食べたが、甘いだけで酷い味だった。余程甘味に飢えない限り、二度と食べたくはない。
吉田を起こすために、コンコンと扉を内側からノックする。
「残業はしないわよ。私を働かせたかったらまともなプリンくらい作ってみせなさいよ」
吉田は布団に顔を埋めたまま文句を言う。
「あるわよ、プリン」
ガバと起き上がる吉田。目の前には銀色のカップに入った夢にまで見たプリンが……
「本当にプリン? 冷たいわ! 夢じゃないのね」
手渡された銀のスプーンをひったくるようにして奪い取り、プリンを口に運ぶ。
「冷たくて甘すぎない! ほんのり表面は焦げて、結構お高い焼きプリンじゃない! カラメルソースは後がけなのね。滑らかな舌触り! あああ、生きてて良かったわー」
泣きながらプリンを食べ終えた。
「あれ? 赤松さんじゃない? 死んだはずなのにどうしてここにいるの? あ、無事で良かったわ。それよりこのプリンどうしたのよ? 超美味しいんだけど」
「あたし達の仲間になれば、もっと美味しいプリンがいくらでも食べられるわ。アイスクリームや、カレーや、カニチリやウニ丼も。すき焼きや天ぷらだって」
「うわあ! なるなる、仲間になると言いたいところだけど、怪しいなあ。なんであなたには人探しの魔法が効果ないのかしら? 一体どんな組織に鞍替えしたのよ?」
「……美味しい組織。戦いなんて馬鹿なことはしないで、生活レベルの向上を目指している」
元運転手の秋山の言った言葉を思い出して言う。三井寺が何を考えているのかはわからないけれど、美食の追求という点では秋山を凌駕している。文字通り世界中から新鮮な食材を持って来れるのだ。
地球で言えば自家用ジェットでキャビアとかを運ばせる大富豪のようなものだ。
「それは素敵ね。でも力が無ければ理不尽な暴力に屈することになるわよ。どうするの?」
「心配ない。あたしたち力はあるから。あり過ぎるから使わないのよ? この城をペシャンコにできるけど、しないよ」
赤松は暖炉の上の燭台を指差し、結界で押しつぶす。小さい金属のキューブと化したのを見て、吉田は鳥肌が立った。
『なによこいつ、無茶苦茶強いじゃない! 結界師が戦闘職じゃないと言った馬鹿は誰よ!』
「……なんで私なのよ?」
「馬鹿どもの目を潰しておけば、悪さをしにくくなるから? あと、プリン好きに悪い子はいない。殺すのは可哀そうと思った」
実際には三井寺はもっと穏やかな物言いをしたのだが、赤松は感じたままに意訳してしまう。
『ひええ、殺される。こいつ、私が断ったら抹殺する気だ!』
音もなくキューブ状に圧殺される自分の姿を想像してしまう。逆らえば死、ならば迷わずプリンを選ぶ。
「わかったわ、降参よ。プリンのためだもの。でも、どうやって逃げるの? この城の警備は完璧よ」
部屋の中だから自由にしていられるが、一歩扉を出れば歩哨の何重ものチェックがある。城門に辿り着くまでだけでも、何十人もの兵を倒さなくてはならない。
聖女の鈴木がいやらしいまでに警備体制を強化したのだ。
「心配ない、余裕」
叫び声をあげる暇もなく、吉田は結界に捕らえられ、そのまま窓の外へ。
その後は何が何だかわからない。ロケットのようなスピードで夜空に打ち上げられ、気が付けば知らない天井を見上げていた。
失禁したらしく下着は全て取り換えられていた。周囲に女性しかいなかったのが不幸中の幸いだった。




