おならと風と炎と
「風よ風よおお風よ……」
なんか呪文っぽいのを唱えながら、自称風魔法使いのオバサン、オーリィさんが魔法の杖をくるりと振ると、標的にしていた水の入った皮袋がピッと裂ける。
なんか、意外と大したことないかも? 皮袋は柔らかいから派手に破けたけれど、丸太とかだと引っかき傷がつく程度だろう。
そりゃあパフォーマンスとしては、水が噴き出す方が面白いけれど、皮袋が勿体ないよ。
助手の人が新しい水袋をセットしてくれる。
「あの、いらない薪とかじゃ駄目なんですか?」
「水を詰めた皮袋は、当てた時の感じが人間やモンスターに似ているの」
なんか怖い理由だった。そういうことなら、止血が難しいように平行に引っかき傷を入れるのが効果的だよ。傷口を針で縫えなくなるからね。前に読んだ漫画の知識だ。
「シャウッ」
怪しげな拳法っぽいアクションで、空を切るパフォーマンスをしてみる。もちろん、おならコントロールにそんなポーズは必要ない。でも魔法にイメージが重要ってのは常識だ。それっぽければカッコイイしね。
皮袋に三本の爪痕みたいのが入って、ブバッと裂ける。あれ? 一本線で切れ目を入れたオーリィさんより地味だなあ。ああ、噴き出る水の圧力が分散するからだろうな。
それでも凄く褒められた。オーリィさんは僕が何をしても褒めてくれる。
「あなたは無詠唱で魔法が使えるのね。レベルも上がっているし、若いのに数多くのモンスターを倒してきたのね」
いえ、屁をこいてただけです、とはさすがに言えないなあ。
やっぱりおならマスターはチートなんだ。そのうちこの世界の神様とかに消されるかもしれない。
「あ、レベルってどこまで上がるんでしょうか?」
「それは人によって違うのよ。成長限界に近づいてくると、沢山モンスターを倒してもなかなか上がらなくなるの」
ふむふむ、そっち系の仕様だったかあ。やはり情報源があると助かる。オーリィさんに出会って良かったと初めて思った。
幸い僕はまだまだ大丈夫そうだ。そもそもモンスターは倒したことがないけど。
「腕とか失っても、レベルアップで元に戻りますか?」
教えてオーリィ先生。
「大怪我をした直後に運よくレベルが上がればね。古い傷だと駄目なのよ」
それなら、僕の場合なんとでもなるかな。おならをするだけですぐレベルは上がるし。
「回復魔法でなら失った腕は戻りますか?」
「あら、また腕を失う話なの? 怪我をしてすぐに回復魔法を使えば相応に効果はあるけれど、あまり大きな傷はどうなのかしら? 骨を失ったら大聖女クラスでないと難しいでしょうね」
大聖女なんているのか。そして回復魔法の効果が案外ショボかった。レベルアップ時の全回復効果の方が凄い件。
「じゃあ、復活の魔法は? 死んでも生き返りますか?」
「死者蘇生は禁忌ですよ。触媒に人間の魂とか使いますし、死後時間が経っていると大変なことになりますし」
「どう大変なんですか?」
あ、目をそらした。余程のタブーなのか? 実は知らないのかもしれない?
まあ、復活は一応不可能じゃないんだな。
えーと、他に聞かなきゃいけないことは……一杯ある筈だけどすぐ出てこないや。
「あ、MPを使い切ったら最大MPが成長し易くなるとかありますか?」
「魔力を伸ばしたいってこと? 確かにそんなやり方でも成長はするのだけれど、一番重要なのは魔法を長時間使い続けることなの」
オーリィさんはカップを少しずつ傾けて、水を糸のように細く垂らしていく。
「弱い魔法ばかりを選んで、できるだけ長い間使っていきます。こんなふうに」
よし、わかった! 直感的になんとなく。
「ですが、たまには一気に魔力を使うのもいいのです。魔法の格が上がり易くなります」
そう言ってコップの水を全部ぶちまけるオーリィさん。
よし、わかった!
それならば、おならファイアーフルバーストだ!
まあ、フルバーストは多分近所迷惑なので、とりあえず魔法をチビチビ使う練習から始めよう。
すかしっ屁の魔法を、限界まで絞ってみる。
弱過ぎても止まってしまうから、簡単なようでなかなか難しい。おならは目に見えないから困る。おならゲージがあればいいのに。
思いついたぞ!
まずはおならコントロールで指の先までメタンガスを誘導する。ガス管より細い、金魚のエアホースくらいの感じで。
ポッと点火すると、蝋燭より小さな炎がゆらゆら揺れる。やはりこれだけ絞ると安定させるのは難しいな。ガスコンロくらいの火力なら簡単なんだけれど。
「まああなた! 火属性も使えるの!! 二属性持ちだなんて! あらあらまあまあ!」
オーリィさんが何か騒いでいる。あれ? これは? 僕何かやっちゃいましたーって感じかな。
多分、この世界のルールだと魔法使いは一つの属性しか使えないんだろう。僕はおなら属性一筋だから、別にルール違反はしてない筈だ。
「火属性は風属性と相性がいいのよ。伝説の魔法使いには二属性持ちは珍しくないわ」
「あれ? 珍しくないんですか?」
思ったほどレアじゃなさそうだ。勇者君を始め、クラスメート達の中にはゴロゴロいそうだね。
「何を言ってるの? 二属性持ちは神に愛されている証よ。このような小さな炎であっても、出せるだけでとても偉いわ」
オバサン相手でも褒められると嬉しいな。僕は褒められると伸びるタイプかもしれない。
「なんだったら、もっと大きな火でも出せますよ」
「まあ、本当に? 素晴らしい! 貴方は天才だわ」
もう、オーリィさんたら。おだてるのがお上手で。
自重しないでパーッとフルバーストやっちゃいますか。
まずは深呼吸。
両手を揃えて、気の塊を包み込むように構える。もちろんただの演出だ。
「かーーー」
「か?」
オーリィさんが不思議そうに首をかしげている。今ギュンギュン気が溜まってるところだから。効果音とBGMを脳内再生していると、気分が高揚してきた。
「めーーー」
脇をしめ、タメを作る感じで。本当は発光するエフェクトとかも欲しいけど、その辺はなり切って誤魔化す。
子供の頃はごっこ遊びで普通にできたことが、成長するにつれて恥ずかしくてできなくなった。
今、恥も外聞も忘れて当時のノリでポーズをとる。これだけやって何も起きなかったら、本当に超恥ずかしいだろうね。
「らーっ!」
最後にバンザイするように両手を上に。噴き出す火柱が天に立ち上る。
あ、ガスが思ってたほど出てないや。
おならコントロールのランクがまだ低くて、そこがボトルネックになってしまったようだ。これじゃあせいぜいフルバーストの十分の一くらいだな。
いまはまだ、フルバーストは肛門からダイレクトに発射しないと無理みたいだ。
それでも炎が風を呼び、炎の竜巻となって訓練場を破壊しつくしてしまったのだった。