異変
雷鳴のような轟音が森に響き渡る。
石に穴をあけただけの臼砲。もうもうと立ち昇る煙からは強烈な火薬の匂いがする。
発射された石礫は、遠くの木々をなぎ倒していた。
「素晴らしい威力だ有田クン。この世界の歴史が変るぞ!」
「照準がダメダメっす。狙って飛ばない大砲なんて意味ないっしょ?」
黒色火薬の開発を成功させた錬金術師の有田は、あくまで謙虚だった。火薬だけではたいした武器にはならない。せめて高精度の火縄銃が必要だ。そのためには鉄がいる。
錬金術はなかなかチートだけれど、制限も多い。無から物質を生み出すことはできないのだ。
「当てる必要などあるまい? 音と威力で脅してやれば馬鹿どもはすぐ降参するさ。そうだな、無能な人間でもこれさえあれば魔法使いに勝てる。そう勘違いさせるだけでかまわんのだよ」
「先生は何を考えてんすか? 火薬で賢王を倒すんじゃ?」
「倒すさ。虐げられている民衆がな。有田はスターリンを知っているかね?」
「昔のソ連の将軍ですかね?」
「一代で成り上がって世界の半分を手にした男だ」
「まさか、異世界で共産革命でも起こすつもりっすか?」
「俺はそんなに馬鹿じゃない。虐げられた者達に、貴族や金持ちを襲うための理屈を教えてやるだけさ。理論武装に火砲で武装、ダブルだぜ。異世界のスターリンに俺はなる!」
この教師、頭おかしいと有田は思った。同時にちょっとおもしろそうだと考えた。
乾草の山にタバコの吸い殻を放り込めばどうなるか? そのまま消えてしまうかもしれないし、大炎上するかもしれない。
多くの人々が不幸になるだろうが、悪いのは先生だ。
「それはそうと腹減ったなあ。補給はどうなってるんだ? 兵隊どもがいないと実験はしやすいが」
「今夜の食料すらないっすよ。本気でヤバイんじゃ?」
「うろたえるな、近くに運転手がやってる畑があるだろ? 女子ばかり集めやがってハーレム気取りかよ。教育的指導が必要だな」
二人は大砲をほったらかしたまま、開拓村に向かう。
「おかしいな? こんなに遠かったか?」
「迷子になる前に引き返しましょうよー」
引き返そうにも、既に道さえ消えている。
「迷子になる訳ないだろ? 100メートルも離れちゃいないんだ」
だが森の中で完全に方向を見失っていた。腹は減るし喉も渇いた、おまけにどんどん日も傾く。
「魔法でなんとかならないんすか?」
「ああそれな」
賢者は大抵の魔法が使える。一度行った場所に瞬間移動できるような魔法だってある筈だ。
「レベルが足りないんだろうな? あるいはイベントで習得するパターンか?」
とりあえず魔法で水は出せた。落ちている枝を集めて焚火もできる。
「ひもじいっス」
「人間ってのはなあ、水さえあればそう簡単に飢え死にしないんだよっ!」
鹿や猪、せめて兎でも出てくれば食料にするのだが、二人はこの森で動物の姿を見たことがない。
どこかで狼の遠吠え。
「先生……」
「知ってるか? 狼って食えるんだぜ。襲ってきたところを返り討ちだ」
一睡もせず待ち受ける二人。
結局、空が白み始めるまで子ネズミ一匹すら見ることはなく、空腹を抱えたまま疲れ果てて眠ってしまうのだった。