商売は大変だ
「じゃあ行ってきます。絶対に塚には近づかないでくださいね」
「わかっているとも。私達は約束を守れない程愚かではないよ」
本当にそうだといいけどね。
セーラちゃんを抱えて飛び上がる。ちょっとした大陸間弾道飛行だ。
「本当にお金を稼ぐなら、香辛料や宝石などの交易品を運ぶべきなんでしょうけれど」
大陸間を小さな樽一つ運べば、船団が買えるくらい儲けが出るみたいだけどね。そういうのは命懸けの冒険の対価なんだと思う。
おなら飛行でお手軽に稼いじゃったら、相場はあっという間に崩れるだろうね。
だからといってわざわざ魚の干物を運ぶのはどうかと思うけど、日本じゃノルウェーサーモンとかだって空輸してたし。
目的地は内陸部のトロアニルという小都市だ。古い言葉で聖なる湖という意味らしい。
「海の近くでは干物は高く売れないでしょう? でも内陸部じゃそもそも魚を食べる文化がないでしょう? トロアニルは淡水魚の一大産地なので」
へえ、さすがはセーラちゃんだ。
トロアニルの巨大な湖は、多分琵琶湖より大きい。空からだといい目印になる。
「私がお忍びの貴族のバカ娘で、オサム様はその奴隷という設定でいきます」
魔族の国では人間は普通奴隷らしい。貴族の奴隷なら平民より良い暮らしだそうだ。海賊なんかのアウトローは実力主義なので、人間の幹部もいるらしいよ。
「セーラちゃんは偽名だからいいとして、僕はセバスチャンを名乗ろうかな」
「前にバスランのこともセバスチャンと呼んでませんでした?」
「それは、彼がセバスチャンっぽかったから……」
困ったな、セバスチャンさのニュアンスを上手く説明できないや。
「まあ、よろしくてよ。行きますわよ、セバスチャン!」
ああ、もうお芝居始まってるのね。
トロアニルのバザールは楽市みたいなものらしい。ゴザを広げて誰でもタダで露天商になれる。
ある程度儲かってると怖いお兄さん達が寄付という名目でみかじめ料を回収に来るけれど、れっきとした僧兵で、この地を治める宗教組織の構成員だそうだ。
「一口サイズで銅貨一枚で売るわよ!」
え? 屋台的な感じ? 周囲を見ると肉屋なんかも干し肉を串焼きにして売ってるね。食べて気に入ったら塊で買っていくシステムか。
スーパーの試食品みたいなイメージで、もう少し大きめに焼けばいいかな。
石材をカットして作った七輪で干物を炙っていく。
隣の肉の屋台からもいい匂いがしているけど、干物の匂いは別系統だからね。混じってさらにお腹がすく匂いになってきた。
「おい、交換してくれねえか」
隣のおっさんが串焼きを差し出して来たので、焼けたスルメと取り換える。
「なんだこれは、美味そうな匂いだったが味がしねえな」
「噛めば噛むほど味が出ますよ。スルメといって、まあ海の魚です」
「海かあ、そんな遠くから。貴族のお嬢様のごっこ遊びかい? 付き合わされる奴隷も大変だ」
あ、セーラちゃんが凄いドヤ顔してる。
おっさんはスルメが気に入ったらしく、猪の欲し肉の塊と物々交換することになった。大量の干物が売れるか心配だったけど、この調子だとすぐなくなるな。
収納魔法は魔族の国では珍しくないので隠す必要もない。まあ、容量に応じて最大MPが減ってしまうので普通は僕みたいになんでもかんでも入れたりはしないみたいだ。
レベルは相変わらず上がり続けてるから、最大MPとかも酷いことになってるよなあ。
串焼きの味付けに魚醤が使われていたので作り方を聞いてみたら、案外簡単だった。というか魚の塩辛にさらに腐らないくらい塩をぶちこんで、発酵させるとできるらしい。
なんとなくイメージはできるけど、腐るのと発酵の違いが良く分からない。怖いので完成品を少し仕入れるかなあ。
干物はここの人達の口に合ったらしく飛ぶように売れた。海水魚と淡水魚は味が違うからね。僕はアユやドジョウは好きだけれど、コイとかはちょっとって感じだ。平安時代の京都じゃコイは最高の魚ともてはやされていたらしい。鳥なき里のコウモリって奴だよね。ああ、でも鯉の甘酢あんかけは美味しいから料理次第かな?
鯉の干物を売っている店もあったけれど、もちろん買わない。美味しいかもしれないけどね、他に買わないといけないものが沢山あるんだ。
ああ、でも生きたドジョウは気になるな。ドジョウの蒲焼は美味しいんだ。魚醤があれば再現可能? あと砂糖とみりんだね。
砂糖は貴重品で蜂蜜も高価なことはわかっている。でもね、僕は水飴の作り方を知っているのだよ。デンプンと麦芽さえあれば、ヨーグルトメーカーでスイッチポンで簡単に作れる。
簡単でもこの世界の人にできるかどうかは知らないよ。必要なのは雑菌の繁殖を防ぐための知識なんだ。
セーラちゃんが店の売り上げを全部持って買い物に行ってしまう。まあ、お釣りとか必要ないからいいけどね。ここの市場での買い物は基本銅貨一枚だ。百円ショップと同じ概念だね。そういえば百円ショップで消費税が付くのはどうかと思うね、ワンコインショップであることのメリットを失ってしまっている。
「商売繁盛しとるな、結構結構」
うわあ、怖いお兄さん達が来ちゃったよ。托鉢僧みたく銅貨の入った鉢を持っている。いくらぐらい渡せばいい? それ以前に銅貨がないよ? 海賊の銀貨ならあるけど、あんなの渡したら大赤字だよなあ。
とりあえず炙ったボラの干物を手渡してみる。
「海の魚とは美味いものだのう、結構結構」
腹一杯になるまで食わせてやると帰っていったよ。現物支給でもいいらしい。結構いい加減だなあ、現代日本でやったら横領とか着服だよね?
ま、文化が違うんだし、気にしない気にしない。一休み一休みっと。
うわっ、お客さんの群れが! 僧兵の人達が美味そうに食いまくってたせいだよ。サクラってやつかな? 違うか。
七輪を追加してとにかくどんどん干物を焼く。石の七輪を売ってくれという話までされたけど、丁重にお断りする。おならガス仕様だし、作るのそこそこ手間だしね。
食通の人とかはガスより炭火がいいとか言ってるけど、ガスの利便性を舐めてはいけない。ガスに含まれる水分でベシャベシャになる? なるかなあ? 真の食通ならそのくらい火加減で調整しようよ。
それに僕の七輪は燃焼室からの排気ガスは完全に分離できるんだ。干物は赤熱した石板からの遠赤外線でジリジリ炙られていく。石窯オーブンみたいなものだから、ピザとかでも上手く焼けると思うね。
まあ、メタンガスとはいえおならで焼いた食べ物を口にするのは気持ち的に抵抗があったから、こういう構造にしてみました。高熱の排気ガスを無駄にしているわけだけど、この程度のおならは今の僕には些細なものでしかないのだよ。
「ごめんなさい、売り切れです」
売るほどあった干物が完売してしまった。ふう、忙しくて死ぬかと思った。周囲を見渡してみると、ほとんどの店が完売している。
どうやらここの人達は、お金があっても買うものが不足している状態みたいだね。売り手市場?
それなら物価がどんどん上がりそうなものだけれど、肉が銅貨一枚で一串というのは常識みたいだ。皆がそれで納得しているからそれでいいようだ。他の商品も似たようなものらしい。
値上げして金儲けしようとする商人は嫌われるので、賊に襲われても誰も助けてくれないらしい。打ちこわしとか中世の香りがするね。
お金の計算ができれば商売チートでワンチャンあるかなとか考えていたけれど、蓄財そのものがデンジャラスだった件。中世世界だと金持ちも権力者もハイリスクなんだね、しくじったらリアルで首が飛ぶ。
セーラちゃんがのびのび活き活きしてるわけだよ。この世界、貴族も金持ちも辛いよ。貧乏でも生きるのが大変過ぎるから、平民のちょっといい暮らしをしているくらいが狙い目かなあ。




