ボーイミーツガール?
直射日光を避けて、木影から海を眺める。この世界にも潮の満ち引きがあるようで、今は干潮らしい。
僕の狙いは干潟でヌメヌメ這い回っている大きなダボハゼだ。ムツゴロウに近い種類なのかもしれない。
不気味な見た目の魚なので、この辺りの人達は誰も食べないようだ。美味しいのにもったいない。
何にでも食いついてくるので釣るのは簡単だけれど、針も糸も結構高い。なのでおならコントロールで捕獲する。
小さい竜巻で巻き上げ、そのまま手元まで引き寄せる。この技をサイクロンオナラーと名付けました。
盗賊から分捕ったナイフで内臓を抜き、干潟に投げ捨てるとダボハゼたちが争うように食いつく。うわあ、共食いし始めたよ。こいつら自分より大きい獲物でも平気で呑み込む。どういう胃袋してるんだよ。
あとはウロコを落として腹開きにし、天日干しにする。強烈な太陽と潮風が干物作りにはいい感じだけど、目を離すと一瞬で鳥に攫われてしまう。その点だけ注意だ。
「うわあ、あいつ、あんなの食うのかよ」
「死んでも食いたくねえ」
通行人に見られていたのか。まあ、遠目だと糸で釣り上げたように見えるだろう。別におなら魔法を隠すつもりはないけど、ひけらかす必要もないもんね。
その日の食事にも不自由している貧しい人達ですら見向きもしない。ダボハゼの評価が低すぎて笑う。どんなに美味しくても見た目が悪いと駄目なんだな。
この大きいダボハゼは日本のマハゼにも劣らない上品な味なのにねえ。本当は天ぷらにしたいところだけど、油も鍋もないからなあ。でもまあ、おならで塩焼きにして食べるだけでも絶品なんだ。
白いご飯とポン酢が手に入るなら、僕は悪魔に魂くらい売ってしまうかもしれない。いや、悪魔に日本に帰してもらえば、全ての願いがまとめて叶うじゃないか。
食べたいのはエビフライに卵焼き、ご飯に豆腐の味噌汁。サンマと大根おろしもいいな。イチゴショートにモンブラン、甘いものが凄く食べたい。
「あらあなた。今のは風魔法ではなくて?」
馬車から降りて来たオバサンにまで声をかけられてしまう。ここはいいダボハゼポイントなんだけど、ちょっと人通りが多いんだな。
「まあまあ、なんということでしょう。風の使い手がこのような哀れな暮らしを!」
風の使い手ってなんだろうね? この世界特有の風来坊の婉曲的表現かもしれない。
僕ってそこまで哀れかな? やっぱダボハゼの評価が低すぎるなあ。日本でいえば台所のGを食べるような感じだろうか?
「いいでしょう、同じ風使いとして同胞の苦境を見過ごす訳にはまいりません」
強引に馬車に乗せられてしまう。力は僕の方が強い筈なのに、オバサンパワーには逆らえない。
ああっ、作りかけのダボハゼの干物がカモメみたいな鳥に攫われてしまった。一夜干しならぬ一時間干しで、絶対美味しいやつだったのに。じゅるり。
強制連行された先は、結構立派な屋敷だった。使用人も大勢いる。日本だと運転手やメイドさんがいるだけで超のつく大金持ちだよなあ。オバサンはもしかして偉い人なのか?
玄関でいきなり脱がされる。ご無体な。
「あの、この服は大事なものなんです。故郷の品で、化学繊維で、ジャージはこの世界では二度と手に入らない……」
「駄目ですよ。確かに珍しい布地ですが、こんな汚いものは捨てます」
ああ、僕のジャージが……学校指定の安物だけれど、水洗いすればすぐに乾くから、この世界に来てからは重宝してたのに。
代わりに着せられた衣装は、なんか繊維がゴワゴワだ。これに比べれば柔道着の方が余程肌触りがいい。
こんな服でも、買おうとすれば港で何年も働かなきゃならないんだろうな。
「ではお食事をご一緒に」
お食事かあ。この世界のまともな料理には興味がある。仕方ない、ジャージのことは諦めよう。あちこち穴とかあいてきてたし、そろそろ限界だったんだ。
白い皿には肉まんの皮だけみたいなの。その上に豆のシチュー的なものがかけられている。あと、炒り卵少々。小さな青リンゴはデザートかな?
煮ただけの丸イモに比べればそれなりに料理っぽいけど、うーん微妙?
さらにオバサンはそれを手づかみで食べ始める。そういえば、中世ヨーロッパではフォークはまだ一般的じゃなかったらしいよね。
「どうしたの? 遠慮せず召し上がれ」
郷に入っては郷に従え。ここは僕も手づかみで食べるべきなんだろうけど……
「あの、この薪を頂いてもいいですか?」
暖炉の脇に積んである薪の中から一本選び、おならカッターでスパッと切断して箸にする。
ちなみにおならカッターは僕が考えた技名であって、使っているのはおならコントロールの魔法だ。
おならをできるだけ高圧にして、できるだけ薄くして対象に吹き付ける。柔らかい物ならそれだけでスパッと切れる。硬い石材なんかでも、炭素の微小結晶をおならに混ぜて吹き付けてやれば切断できる。ダイヤモンドダストとでも名付けようかな。
「あらあら、見事な風魔法ね。将来が楽しみだわ」
なんか絶対勘違いされている。風魔法って、おならコントロールに近いんだろうか?
作った箸で食事をする。オバサンは何故か上機嫌で僕を見ている。
想像してみよう。オバサンがオジサンで僕が美少女だとする。うわあ、逆だと犯罪臭が半端ない。
いや、ただの親切なオバサンだと信じているよ。
パンみたいのは酸っぱくて、豆のシチューはグレービーソースで煮込んだインゲンマメって感じだ。炒り卵は調味料なしで、一番おいしかった。
リンゴみたいのはパサパサで甘くなくてマズい。市場では一つで銅貨数枚していたな。重量比だと丸イモの数百倍は高価だ。果物が貴重な世界なのか、単に季節的なものか。日本でも何万円もするメロンが売っていたりするし、贈答用のアイテムって可能性も。
食べた感想としては、この世界の料理は駄目駄目だ。ダボハゼの塩焼きなら日本でも十分通用する味なんだけれどな。
けどまあ、食文化っていうのは味だけじゃない。不味くたって歴史的に何らかの意味があったりするのかもしれない。あと、慣れもあるし。
日本人でもハゼの仲間を気味悪がって食べない人はいる。ウニやホヤやナマコなんかも、調理前の姿を見たら人によってはキツイよ。あと、ウナギやタコなんかも。あんなの最初に食べた人は凄くない?
考えようによっては、これはチャンスだよ。美味しいダボハゼを独占できる、ライバル不在で採り放題だ。あの味を決して異世界人に教えてはいけないな。美味いと知れば絶滅するまで捕りつくすのが人のサガなんだから。空が暗くなるほどいたリョコウバトだってアメリカ人は全部食べちゃったし。
漁の時は貧しそうな格好をしないとなあ。いい服を着た人間がダボハゼを捕まえていたら、ひょっとしたら美味いんじゃないかと疑われてしまう。
おならマスターになって、侮られることの利点を僕は知ってしまった。卑怯? 違うよ、相手が勝手に油断するから悪い。
そうなると、この親切なオバサンは有難迷惑なんだよねえ。受けた恩は倍返しが我が家の家訓だから、無下にはできない。だから本当に困るんだ。