婚約破棄は難しい
セーラちゃんの婚約者らしいオッサンをじっくり品定めする。
見た目はペケだ。限界まで太っていて、皺だらけの顔には吹き出物だらけ。いくら文化が違うといっても若い女の子にはキツイだろう。せめて清潔感があれば全然違うのに。
中身がまともならワンチャン美女と野獣的なパターンもあり得るけど、多分性格悪いぞこいつ。一挙一動に傍若無人ぶりがにじみ出ている。ゾロゾロと引き連れている部下達も、着ている衣服はキンキラだけどチンピラみたいな連中だ。セバスチャン一人で三人は相手できそうだ。
それでも権力や財力はあるんだろうね。でなきゃ政略結婚の意味がないもの。貴族だって何でも思い通りになるわけじゃない。それでも衣食住の心配をしなくていいんだから、庶民に比べればずっと恵まれているよ。
「輿入れする花嫁すら守れぬ男が、今更よく顔を出せたものよ」
セーラパパはお怒りモードだ。これは婚約破棄かな? いいぞ言ってやれ。ちょっとワクワクしてきたよ。
「部下の不手際でしてな。お詫びと言ってはなんですが娘さんが傷物でも気にしないことにしますよ、寛大でしょう? 麦の取引もこれまで通りということで」
セーラパパが黙り込んでしまう。食料を海外依存しちゃうと、いろいろ逆らえなくなるんだよね。
事情は知らないけれど、足元を見られている父親の尻拭いをセーラちゃんがするわけだ。
仲良くなった女の子が不憫だけれど、僕に出来ることはないな。いや、関わっちゃ駄目な案件だろう。
拉致されるように連れて行かれるセーラちゃんを、僕はただ黙って見送ることしかできなかった。一瞬、彼女と目が合った。諦観の瞳? いや、違うな。あの子は、島でウニ拾いをしていた日々を懐かしく思い出すんだろうな。
「光を知らねば闇の深さを嘆くこともなかったじゃろうに。罪深いことをしたのう。責任取ろうとは思わんのか?」
グラさんが知った風なことを言う。
「生きる世界が違うってことですよ」
「お主はもっと甘ちゃんだと思っていたがのう」
「グラさんは報酬に欲しいものがあったんでしょ? さっさと貰って帰りましょう」
金属のプレートでは高度な術式を刻めないということで、クリスタルの薄板を欲しがったのはグラさんだ。
自分を送り届ければお礼に貰えるだろうと言ったのはセーラちゃん。こんな展開を予想してたんだろうか?
暗い顔をしたセーラパパから多目の報酬を受け取る。まあ、用意してくれたのは全て部下の人だけれど。
「あの子をここに連れて来ない方が良かったでしょうか?」
思い切って聞いてみる。
「いや……貴族には果たすべき責があるのだ。だが、時を巻き戻せるものなら、そなたらと海の彼方の島で末永く幸せに暮らしていてくれたらと。そんな御伽噺があっても良いと思った」
なんだよ、娘の幸せを願ういいパパじゃないか。貴族としては失格だけどね。
セバスチャン馬車で送ると言うのを辞退して、てくてく街道を歩いていくと、見覚えのある立派なチンピラの一人がゴロツキを引き連れて追いかけて来た。あの婚約者、意外に悪知恵は働く?
ひたすら走って逃げる。最初は火の球とか撃って来た奴もいたけど、数キロも走り続けると皆諦めた。意外に根性ないな。
さて、三角山の麓の荒野には人影もない。ヒョイと飛び上がり、雲の中に隠れる。
「セーラちゃんはどの辺まで行ったかな? 港でニキビデブの船に乗せられる筈だけど」
「お、あの子を攫うのか? さすがはオサムじゃ」
「いや、どうせまた海賊に襲われるだろうから、海に飛び込んだあたりでまた救助しようかと」
ドリアンとか言う奴が狙ってるんだ。大物っぽいし、ニキビデブ氏にどうにかできるとも思えない。
花嫁を守るために奮闘し、セーラちゃんが見直して恋に落ちてめでたしめでたし……それはないだろうな。あいつは自分の命が一番ってタイプだ。
「おー、あの船じゃ。間違いない」
港に停泊中の大型船だ。なるほど、あれだけ大きければ海賊も襲って来ないと思ってるんだ。
「馬車で移動したにしても結構早いですね」
「こっちの駿馬は素晴らしいからのう。何食わせたらあんなに大きくなるんじゃろうか」
見ている間に大型船は帆を上げて港から出ていく。あらかじめ出航の準備をしていたな。ニキビデブ氏はやはり馬鹿じゃない。もの凄く速く移動して海賊を出し抜く作戦だ。
さらに護衛の小型帆船が三隻、艦隊を組んで襲撃に備えている。なかなかやるな。戦いは数だからね、金はかかるけど堅実な手だよ。
ドリアンの奴、大丈夫だろうか?




