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なぎの恐怖

 

 日が経つにつれ、飲み水がどんどん臭くなってきた。これは多分腐っている。大航海時代の船では腐りにくいビールを飲み物にしていた話があるけど、この船では下っ端には酒類は与えられないようだ。

  

 船員達の多くが腹を壊して船室の不衛生さが限界突破したので、僕は一人で甲板の隅っこで寝ることにした。僕も腹痛になったけど、レベルを上げれば肉体は完全な状態にリセットされる。

 

 レベルアップの際にHPやMPが全回復するゲームは多かった。そのせいかあまり違和感はない。

 果たしてどこまで回復するのか興味はある。腕とか失ってもレベルアップで再生できるんだったら、むやみにレベルアップするのはもったいない。

 

 今はまだレベルが低いから簡単にレベルアップできちゃうけれど、高レベルになるほど必要経験値は増えるものだ。それにレベルの上限も不明だ。99レベルでカンストとかならまだいいけど、20レベルまでとか、ゲームによっては10レベルが成長限界なんてのもある。限界突破でレベルキャップが解放される仕様とかもありそうだし。

 

 ゲームなら困った時は攻略サイトを見ればいいけど、現実はそう甘くない。この世界のルールは現状ほぼ不明。レベルを上げるべきかどうかの判断材料がない。

 クラスメイト達は王様に最適解を教えてもらってるんだろうな。その後でモンスターと戦わされるとなると、あんまり羨ましくはないかな。

 

 家に帰りたい。今帰れたら無茶苦茶頑張って受験勉強するよ。いい大学に入ったからって、いい会社に入れるかどうかはわからないけれど、ブラック企業でも働けばちゃんと給料は貰えるだろう。甘いかな?

 贅沢は言いません。健康で文化的な最低限度の生活をしたいです。

 

 

 腐った水を飲むのは嫌なので蒸留水を作ろうと思いついた。海水を沸騰させて蒸気を冷やせば出来る理屈だ。揮発性の不純物は多少混じるだろうけど、塩分さえ除去できれば問題なく飲めるだろう。

 おならエディットの魔法があれば、純度百パーセントのメタンガスが手に入る。つまり燃料には困らない。

 

 理論的には可能な筈なんだけど、よく考えたら道具がなかった。

 調理場には鍋くらいあると思うけれど、用もないのに近づいたら殺されても文句は言えないらしい。

 パンを一切れ盗んだだけでも人生が終わるとか、異世界はやっぱりいろいろおかしい。

 

 仕方ないので甲板の隅に寝ころんだまま、水を飲まずにひたすら堪える。

 死にそうになったらレベルアップして回復。それを繰り返すことが僕にとって安全確実な手立てだった。

 

 結果的に使える魔法はどんどん増えていく。肛門強化ってなんだよ? 肉体強化とかならよくあるけど、肛門だけ強化してどうする? すごいおならをしても痔にならない? おならの力を使いこなすには必須かもしれないけど、なんかカッコ悪いなあ。

 

 たとえばだけど、冒険者ギルドの美人受付嬢に肛門強化が使えますとか説明するの? 百年の恋だって一瞬で醒めるよ。好感度急降下だよ。恋愛フラグなんて立つ前にベキベキにへし折れるよ。

 まあ、冒険者ギルドなんてこの異世界には存在しないんだけどね。少なくともこの船の船員は誰も知らなかった。モンスターなんか倒してもほとんどお金にはならないそうだ。

 ゲーム的世界観がいきなり砕け散ったよ。僕は戦闘職じゃなくておならマスターだから、別にいいんだけども。

 

 だけどおならファイアーはおそらく攻撃魔法だ。おならで火炎放射っぽいことができるのだと思う。危険だから船上では試せないけど。

 まあ、どんなに強力だとしても、戦闘中に敵にお尻を向けるわけだ。ビジュアル的には致命的だと言わざるを得ない。

 たとえば悪漢に襲撃されている馬車があったとして、僕が颯爽とおならファイアーで助太刀したとする。馬車に乗っていた美少女は、絶対キモいって言うよ。

 封印だね。おならファイアーはとりあえず封印です。これより禁じ手とする。禁じ屁?

 

 結局、一番役に立つのはおなら変換かもしれない。排泄物を全ておならに変換してしまえるからトイレに行かなくていいし、超便利。お腹を下した時なんか本当に助かる。さらに、体内の毒素ごとおならに変換してしまえば腹痛もけろっと治る。

 

 この船の船員用のトイレは、海の上に渡り板二枚を平行に突き出しただけの代物だ。誤って海に落ちたら終わり。だから荷物の陰でこっそりやっちゃう奴もいて、船内はますます不衛生になっていく。

 トイレットペーパーなんてないし、その辺は皆どうしてるんだろうね? おなら変換さえあれば全部まとめて解決さ。おならマスターで本当に良かった。

 

 

 汚物まみれでこの船はもう終わりかって状況だったのに、さらにトドメを刺すように恐怖のベタなぎがやってきた。風がなく、鏡のようになった海面。揺れなくて快適なんだけど、帆船にとって、なぎは嵐より恐ろしいみたい。

 

 元々、水も食料もケチってあまり積んでなかったらしい。でも船が動かなくても人間は飲み食いするわけで、当たり前だけど食料が尽きた。

 腹痛に苦しんでいた船員達が、今度は飢えでダウンしていく。僕だって他人事じゃないけど、レベルアップすれば何故か空腹感もリセットされるので助かってますよ?

 

 数日後、風が戻って来たけれど、船員達は屍のように転がったままだ。帆の操作とかもう無理。骨と皮だけになって見た目はほぼゾンビだし、怖いよ。

 帆をあげないと当然船は動かない。さらに船底に溜まる水を汲み出す者がいなくなったせいで、なんか大変なことになってきた。木の船でも、やっぱり沈むのかなあ?

 

 船長達は船尾楼に引き籠って出て来ないし、彼らは何を考えてるんだろう? あの人達って、絶対有能じゃないよね。

 

 船に乗れば普通に目的地に着くと思っていた僕が甘かった。航海に成功すれば大儲けってことは、それだけ失敗する船も多いってことだもんね。

 

 そりゃあ嵐とか海賊船とか、そういうトラブルなら仕方ないよ。でも、明らかに計画性無さ過ぎない?

 積み荷を少し減らして、予備の水や食料を準備しておけば、こんなことにはならなかった。そんなの常識と思うんだけど。

 

 このまま海をさすらう幽霊船になるのだろうか? レベルを上げ続ければ、しばらくは生き延びられるだろうけど。幽霊船に僕一人とか、ホラーにも程がある。

 

 おなら魔法に期待するしかないかなあ? なぎの時に、おならを帆に当てれば船は進むかと考えたけど駄目だった。

 多分だけど物理学的に間違っていた。作用と反作用? なんかそういうの授業で習った記憶がある。

 船の外に向かっておならをするのが正解だろう。要するにロケット推進だ。

 

 肛門強化、おなら変換。よし、海に向かって勢いよくすかしっ屁してみる。

 

 うーん、駄目だね、びくともしない。少しは動いてるかもしれないけど、誤差の範囲だ。小さい船と言っても数百トンはあるだろうし、おならじゃ全然パワーが足りないんだ。

 それを考えると帆って凄いもんだな。いや、風の力が凄いのか。

 

 僕は考えた。うんと考えた。そうだ。船の質量が重すぎるからいけないんだ。積んであるボートならどうだろう? せいぜい数トン、これくらいならおならで動きそうだ。というか、普通にオールを漕げばいいのか。思考がおならにとらわれ過ぎていては、正しい判断はできない。

 

 問題は、どっちに陸があるかわからないことか。うーん、そうきたかー。一つ問題をクリアするとすぐに次の問題が立ち塞がる。これが冒険? なんだか思っていたのと随分違う。

 

 

 

 結局、僕がボートで海に漕ぎだすことはなかった。通りかかった海賊船が助けてくれたんだ。

 積み荷と引き換えに近くの港まで曳航してくれた。全員倒れていて無抵抗なのが良かったんだと思う。悪党だって機嫌がいい時はわりと優しいんだな。

 

 僕の雇い主は全てを失った? それがそうでもなかった。海賊が手をつけなかった水浸しの樽が数個残っていて、それだけで新しい船が買える程の黒字になったようだ。ぼろ儲けにも程がある。

 

 船員達は絶対何人か死んでると思ったのに、港で水を飲んだら全員復活した。

 あれだけ悲惨な状況でも死者がいなかったんだから、異世界人の生命力はたいしたもんだ。

 

 で、命懸けの冒険をしたのに、僕には何の報酬もなかった。確かに通訳の仕事は何もしていなかったし、仕方ないのかな?

 まあ、こんな無計画な商人には付き合っていられない。クビになってラッキーだよ。

 

 見知らぬ港町でいきなり無職になった。振り出しに戻る? でも、絶望的な状況なのに心は穏やかだ。

 地獄を見れば人生観が変わる。それに僕にはおならがある。レベルアップのおかげで力もついた。

 

 もう船に乗るのはこりごりなので、港で働くことにしよう。力仕事なら働き口はいくらでもあるしね。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] レベルアップの調整上手すぎ問題 [一言] ただし魔法は尻から出る。人前では使えないじゃないか。ああ、無情。 でも、おならファイアーはおならの成分を調整すればきっと空も飛べるはず。
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