その頃の聖女様
「野村君、きりがないわ。重症患者以外は優先順位を考えて回してください」
聖女鈴木の言葉に、親衛隊筆頭の野村は不興を買ったかと顔を青くする。
鈴木は日本にいた頃から一部男子のアイドルだった。女子からは男子に媚びていると嫌われていたが、野村にとっては理想の美少女だった。外見が可愛いだけじゃなく、優しくしてくれる、褒めてくれる、時には厳しく叱ってくれる。そんな彼女が異世界で聖女のジョブを得た。当然だと思った。だから同志を集めて聖女親衛隊を組織したのだ。
野村のジョブは軍師、聖女のスケジュール管理を任されている。能力の無駄遣いであるが、本人はそうは思っていない。
「このままでは鈴木さんが過労で倒れてしまう。トリアージが必要ですね。救いを求めて来る者に優先順位をつけましょう。命の危険のある者、政治的に影響力が大きい者を選別いたします」
「全ての困っている人を救いたいのです。けれど私の手はあまりに小さい……優秀なあなたに全てお任せしますね」
鈴木は愁いを帯びた表情を浮かべると自室に戻る。面倒事からエスケープできてスキップしたいくらいだが、聖女としてそんな真似はできない。
聖女として与えられた部屋は元々かなり豪華なものだった。勇者に次ぐVIP待遇を受けている。
だが、鈴木の考える聖女のイメージは清貧。今では部屋も虚飾を排し品よく整えられている。
見た目は地味な調度品の数々は、彼女に心酔している貴族達からの献上品で、最高の素材が使われている。コンセプトは清貧でも本当にみすぼらしくては駄目なのだ。
自分は男子に媚びているわけではないと鈴木は思っている。彼らの理想とするヒロインを演じてやり、見返りに彼らの忠誠と献上品を受け取る。等価交換だ。ウィンウィンの関係だ。
馬鹿な女子達は何もわかっていない、お洒落して化粧して、可愛くなったら男子の気を引けると思っている。そんなのに引っかかるのは馬鹿な男だけ、一流の男の子達は理想が高いのだ。
この国の姫様はしっかりその辺がわかっている。さすがは本物、だけど温室育ちの哀しさで男心の機微をご存じない。兄と弟に挟まれて育った自分に比べればまだまだ甘い。
「失礼します。聖女様のお着替えをお持ちしました」
入って来たのはバトルメイドの土井だ。鈴木の数少ない女友達の一人で、茶髪女子グループのいじめから救ったのをきっかけに鈴木に依存するようになった。鈴木は彼女を都合のいい手下として使っている。
「勇者様…須田クンが柴田クンを早く見つけ出せってうるさいです」
「またその話? 私だってなんでもできる訳じゃないのにね」
千里眼の魔法で柴田を見つけ出したものの、目玉蝙蝠の使い魔を速攻倒されてしまった。そもそも覗き魔のような魔法は聖女に相応しくないと思っているので、できれば使いたくないのだ。
「ああ、柴田クンが逃げちゃった理由がわかりましたよ。なんかオーク肉を食べて心が折れちゃったみたいです」
「だから人型の魔物は食べるのを禁止すべきだと、あれほど言ったのに」
「そんなの気にしてちゃ何も食べられませんよ。ただでさえ亀の肉とかゲテモノばっかなんですから」
「私はシカ肉だけでいいです」
「あれだって実際どんなモンスターなんだか。なんてったって異世界ですからねえ」
「あなたは逞しいのね。心が折れた人も多いというのに。逃げ出したのは柴田君で何人目かしら?」
「五人目くらいですかね? 死んだのも入れると結構減りましたねえ。あー、小川のバカチンやっぱ死んでたみたいですよ。死んでもいいけど死神の鎌を無くしたのは許せませんよね」
「亡くなった方を悪く言ってはいけませんよ。それにあんな鎌は無くなった方が良いのです」
死者蘇生の魔法は鈴木にも負担が大きかった。死神の鎌が失われたと知って心の中でガッツポーズを決める。
「それでですね、どんどん頭数が減ってる勇者グループは戦力低下に歯止めがかからなくて、結構必死です。今日は高難易度ダンジョンでレベルアップに集中したいと言ってました。馬鹿ですね。また誰か死ぬんじゃないかな」
「誰も怪我をしなければ良いですね。今日の私は傷ついた人々を癒すために魔力を使い果たしているかもしれません」
勇者グループにも回復魔法の使い手は何人かいるが、部位欠損までは治せない。聖女だから当然とばかりに、これまでも何度無理させられたことか。鈴木は彼らの治療をサボタージュしたかった。
腕でも失ってしまえば、さすがに無謀な戦いを諦めるだろう。結局は彼らの命を救うことにもなると正当化する。
「さすがは聖女様。あいつらの困った顔が目に浮かぶようです。見事なざまあですわ」
「あらあら、他人の不幸を望んだりしてはいけませんよ」
「わかってますとも。汚れ仕事は私達が引き受けますから、聖女様は綺麗なままでいてくださいね」
この女、異世界に来て使えるようになった、と鈴木は思う。使える手駒には報いなければ、それがギブアンドテイクというものだ。独善的な勇者君はそんなこともわかっていない、彼は利用価値がないどころか余計なことしかしない。やはりお灸をすえてやるべきなのだ。
「聖女様! いけません、今日はもうお休みにならないとお体に触ります」
緊急性の低い怪我人達を選り分けていた野村以下聖女親衛隊のメンバー達は、治療所に顔を出した鈴木を見て慌てた。せっかく苦労して説得していたのに、聖女の姿を見てしまったら怪我人達はもう引き下がらないだろう。
「良いのです。たとえ力尽き倒れようとも、苦しんでいる人達を見捨てるわけには参りません。私に何かあった時は、後を頼みますよ」
「そんな、無茶な!」
「信頼できる皆さんが支えてくれているから、私も無茶ができるのです」
鈴木は辛そうな顔をしながらも、怪我人達に次々にヒールをかけていく。
「なんとお優しい、天使様か」
「いや、女神様だ!」
「この野村、あなたのためなら死ねる!!」
怪我人達や親衛隊のメンバー達が感激して褒めそやす。
鈴木は自分が演技をしているのか、本物の聖女なのか分からなくなってきた。
やらない善よりやる偽善。たとえ勇者グループの治療を拒否する口実だとしても、それで救われる人々は確かにいるのだ。
異世界人など死のうが生きようがどうでもいいが、自分を崇め利益をもたらす者達なら別だ。ギブアンドテイクだ。魔力の続く限り治療しよう。
魔力を振り絞って治療を続ける聖女鈴木の姿は周囲の者達に尊崇の念を抱かせた。計算高い彼女の意図せぬところで、評価は一人歩きを始めていた。




