異世界人の計算能力がいろいろおかしい件
「ほう、これが紙の貨幣か。なかなか見事な印刷技術であるのう」
グラさんが細い骨の指で器用に千円札を広げる。
「紙の貨幣って……紙幣なんだけどなあ」
「こっちは銀貨ではないのか。銅の合金か? 贋金にしては良く出来ておる。勲章か?」
「五百円玉ですよ、その千円札の半分の価値があります。白銅貨だったかなあ? 材質にニッケルとか混ざってたと思うけど、良く分かんないです」
五百円玉の材質に詳しいのはコインマニアくらいだと思うんだ。とりあえず銀でないのは確かだと思う。
「ニッケル、ニッケルとな、錬金術師が欲しがる金属じゃったのう。誰もが欲しがるものでなし、価値がつけづらいのじゃ。ニホンでは何に使っておった?」
うわあ、嫌なとこに食いついて来たあ。ニッケルなんか名前くらいしか知らないよ。水兵リーベ僕の船……あれ? ニッケルって出てこない?
僕が読んだ限りじゃ、異世界物のラノベにはニッケル無双なんてなかったしね。ホントにニッケルって何に使うんだよ? コインの材料? あ、振出しに戻った。
「ああ、確か戦略物資だとか聞いたことがありますよ。いざという時のために硬貨にして備蓄しているとかいないとか」
「まったく、お主の知識は広くて浅いのう。戦略物資ということは、刃物にでもするんじゃろか? しかし凝りまくった意匠じゃ、色が違うのは数種の金属を組み合わせて加工しておるようじゃな。たかが貨幣にここまで手間をかけるとは、これでは贋金を作ろうとする奴もおるまいて」
あ、グラさんの興味がニッケルからコインの加工技術へと移った。そうそう、ニッケルのことなんて忘れよう。
「五百円玉は贋金が多いので有名だったんですけどね」
「それ程の腕を持つ贋金作りなら真面目に働いても大成するだろうに、異世界は文化が違うのう」
あ、僕の口癖をとられちゃった。
「それより紙幣に驚いてくださいよ。紙だから軽いし、いくらでも発行できるんですよ。あまり刷りすぎるとインフレ物価高になりますけど」
「大商人の使う手形みたいなもんじゃろ? 信用がないと紙屑になってしまうぞ。貨幣でも同じで弱小国の通貨ほど地金の質がいいじゃろう?」
グラさんがペタペタと床にいろんなコインを並べていく。
この世界の硬貨は結構適当な造りで、金属片を刻印入りのハンマーで叩いただけみたいのが多い。
ああそうか、信用のある国のお金なら銅の量を減らしても皆欲しがるけど、いつ滅ぶか分からないような国だと地金の価値と額面が一致していないと受け取ってもらえないんだ。
問題は銀貨や金貨などの高額貨幣との交換比率なんだよなあ。通貨単位が多過ぎる上に、十進法だけじゃなく四進法、八進法、十六進法が入り混じっている。
「計算が大変だからお釣りを良く誤魔化されましたよ。というか、お店の人ってちゃんと計算できてるんですかね?」
「商人なら計算くらいできて当然じゃ。お主は十進法しか使えんのじゃったのう。なら一度全部銅貨にして計算すると良いぞ」
ああそうか、全ての硬貨が銅貨何枚分の価値かリストにしておけば、銅貨換算で10進法でも計算できるよ。グラさん頭いいな。
それにしても、異世界でなら小学生レベルの算数でも無双できるとか思ってたけど甘かったよ。お釣りすらまともに計算できないとか、この世界ハードモード過ぎる。
「銅貨しか使わないような人達は、そもそもお釣りの計算をする必要がないし。ある程度大きい商売をする人達はその程度の計算はできて当たり前ってことですね」
「うむ。まあ、多少の計算間違いは掛値のうちじゃから、大事なのは駆け引きの腕じゃがのう」
ああそうだった。この世界だと値切るのが当たり前で、信用があればツケも当たり前だった。文化が違う。慣れない日本人には買い物すら難しい。豆粒銀貨が銅貨十六枚分の価値だとは教えてあげたけれど、柴田君のことがちょっと心配だな。
僕に学習の機会を与えてくれたグラさんには感謝感謝だよ。
ここ数日の豪遊で結構無駄金を払わされている筈だけれど、まあ、授業料、授業料。
海賊のお宝はまだまだあるし。血塗られて恨みのたっぷりこもったコインも、百年も波に洗われればきっと浄化されてるよね?




