勇者もお化けは怖い
勇者須田は気分がすぐれなかった。モヤモヤしていた。
人間などクソだ。そんなことは理解しているつもりだった。だが、無垢であるべき筈の少女達までが穢れていた。もはや何を信じていいのか分からなくなってしまった。
「どいつもこいつも、救いがたいクソだな」
勇者の呟きに、周囲の空気が凍り付く。国会中継の真っ最中であった。
貴族院と名を変えたかつての衆議院。その中央に玉座のごとき勇者の特等席が設けられている。
勇者は気が向くとふらりと訪れ、気に食わなければ国会中継中であっても議員を消し炭に変えてしまう。
今や政治家は命懸けの稼業だ。ヤジや居眠りもなくなり、勇者の株は少し上がった。
分かり易い悪党が減ってしまったため、勧善懲悪もなかなか大変だ。
勇者須田はスマホでネットサーフィンしながら掲示板やチャットで情報収集する。
勇者に※※して欲しい奴らのリスト。そういうのがいくらでも見つかる。稀に勇者を誹謗中傷するような書き込みもあるが、須田は殺意を込めた念を送ることにしている。実際に効果があれば、新たな魔法の誕生だ。
「大衆も大概クソだな。自分達は安全だと勘違いして、殺戮ショーを楽しんでやがる」
むしろ政治家達に同情してしまうくらいだ。いや、それも悪事の報いか。
「つまらんなあ。もっと倒し甲斐のある悪党はいないのか」
訪れた時と同様、唐突に議事堂を立ち去る。生きた心地のしなかった議員達はようやく一息入れることができたのだった。
勇者が護衛も連れずに街を一人歩きしていると、次々に刺客が襲い掛かって来る。
少しも慌てず、指先一つで汚い花火に変えていく勇者須田。
「つまらんなあ、相手の力量すら見抜けんで何が暗殺者か。せめてチート持ちなら暇つぶしになったんだが。そうだ。昼食はひつまぶしにしよう」
スマホで名店を検索し、新幹線で名古屋に向かう須田。なんだかんだで結構自由を謳歌している。
毒殺未遂も日常茶飯事であるが、不死身だから死ぬ訳がない。フグのキモでも舌がピリっとする程度だ。
それでも命を狙われるのはムカつくので、気づいた時は犯人死ねと念を飛ばしている。
いずれ念じるだけで相手を攻撃できるようになれば、ムカつく元クラスメイトに復讐もできるだろう。
わざわざ異世界まで復讐に戻るのは面倒なのだ。
世界の支配者としては庶民的な食事を終えると眠くなり、須田はタクシーで一流ホテルに乗りつける。もちろん最上階を借り切った。
金銭など意味はないと本気で思っているが、こうして使いまくるのはなかなかに楽しい。
豪華なベッドに飛びこんでそのまま寝てしまう。寝ている間に暗殺者がダースで訪れても、何の問題も無い。
夜中にふと目を覚ます須田。
少し開いたベッドルームの扉の影に、何やら霊的な気配がする。
勇者の力でいろいろ見えるようになってしまった。相手の攻撃が通る心配はないと理解していても、お化けは苦手だ。
対アンデッドに効果がありそうな魔法をありったけぶつけてみる。ビルそのものが消滅しかけても、黒い人影にはまったく効果が無かった。
「くそっ、こっちを見て嗤ってやがる……」
須田は背筋がぞおっとした。
特に危害を加えられた訳ではない。それでも、正体不明の存在に見られていると思うだけで、恐怖心がこみ上げてくる。
「ハァ ハァ 奴らめ、俺を怖がらせる気だな、見え見えなんだっての。こんな真似をしてタダで済むと思うなよ」
ただの幻のような人影が何故これほど恐ろしいのか? この辺り一帯を瓦礫に変えたい衝動に駆られる。
そして勇者須田は、布団を頭からかぶると、朝が来るのをひたすら願い続けるのだった。




