プリン無双
「聖女様、クリスタルの配置完了しました」
「ご苦労様。急いで魔法陣の起動テストを行います」
無人島での元クラスメイト達と会談が決まるやいなや、一足先に大船で乗りこんだ聖女鈴木は罠を張った。
それが不可視の魔法陣だ。不可視のため相手に気づかれないのはいいが、自分達にも見えないため確認が大変なのだ。
「魔法陣で私の魅了を強化し、リーダー格の三井寺君を下僕にしちゃえば、全ては丸く収まることでしょう」
「三井寺って、あんなのただのモブ男ですよ。男が一人しかいないもんだからチヤホヤしてるだけでは?」
「どうなんでしょうね? 魅了してみれば謎は全て解けるでしょう」
失敗した場合のリスクはあまり考えていない。なにしろ相手はスクールカースト下位のミソッカスばかりなのだ。彼らは総じて覇気が無い、熱量が足りない。基本的に事なかれ主義な連中なので、何かあっても謝ってしまえば解決だ。
「ああ、吉田さんがいたわね。彼女が来たら要注意です。なかなか強かなところがあるので」
今回、代表者三名ずつで話し合おうと提案したが、船員の数については特に触れていない。大型船には選りすぐりの屈強な信者達が400人以上乗り組んでいる。数の暴力でカタがつきそうなら、躊躇はしない。
用意しておく切り札は多い方がいい。吉田も同様に策を巡らしているのだろうが……
「先手必勝。私達がこの島に先に着いた時点で勝負はついているのよ」
聖女鈴木は微笑む。相手が勇者須田並みのバケモノでもない限り、抗う術は無い筈だ。
いや、勇者であっても魅了は有効だろう。そもそもが須田対策に開発した罠なのだから。
約束の時刻が過ぎても、待ち人は現れなかった。
「まさか、罠だと気づかれたかしら?」
こちらがスパイを送りこめたということは、逆もまた可能ということだ。
「やはり、敵に回すと厄介な子。こうなる前に好条件でスカウトするべきだった」
「吉田はただの陰キャですよ。聖女様の前では路傍の石ころ、刺身の上のタンポポです」
「あれはタンポポではないのだけれど……まあいいでしょう。もうしばらく待ってみましょう」
ただの遅刻だとすれば、交渉を有利に進めるネタに使えるかもしれない。遅刻を気にしないような相手には効果は無いだろうが。
聖女一行のイライラが限界に達しつつある頃、夕波をかき分けて一艘の小舟が近づいて来た。
早速盗聴を開始すると、巌流島がどうこうとか、主役は遅れて登場するとか、遅刻を反省する気がまるで無さそうな会話が聞こえてくる。
「舐め腐ってやがりますわね」
「まあ、これで心置きなく罠を使えるというものです」
砂利交じりの砂浜にざざっと乗り上げると、三人の人影が降り立つ。
男が一人、女が二人。男はぽうっとした顔で、聖女の大船を見上げている。
二人の女は油断なく聖女を睨みつけている。どうやら盗聴は見抜かれているようだ。
「少し、かなり遅かったのではないかしら?」
普段は聖女自身が口を開くことは滅多にないのだが、見知った顔に思わず歩み寄る。
「小次郎、敗れたり!」
「誰が小次郎よ!」
「相変わらずキレのいいツッコミね。鈴木さんのそういうとこは嫌いじゃないわ」
「な!」
聖女鈴木もその取り巻きも、予想外の吉田の言動に咄嗟に対応できず、会話の主導権を奪われてしまう。
「くっ! 吉田、なんて恐ろしい子」
「船旅で喉が渇いたわね。とりあえずおやつタイムにしましょう」
「なんて図々しいの!」
「ご心配なく、全部用意して来てるから。よかったらあなた達も食べます?」
「いや結構、我々はこの世界では高貴な身分で舌が肥えてしまっていてね……いや! 何その凄いスイーツ!!」
取り出した立派なテーブルに、豪華なガラスの器が並べられていく。
器の中心にはプリンが、その周囲には美しくカットされた果物が配置され、生クリームでデコレーションされている。
さらに吉田はアイスティー、赤松はメロンソーダ、三井寺はアイスコーヒーをドリンクに選んだ。赤松のメロンソーダには丸いアイスクリームまで浮いている。
「あなた達! それは一体?」
「プリンアラモード知らないの? うーん、疲れた脳に甘味が嬉しい。アイスもいいけど、やっぱ主役はプリンよね」
聖女一行の、特に女子の目の色が変わった。あれは、どう見ても美味しい奴だ。
彼女達とて、貴重な砂糖をふんだんに使った菓子を毎日のように食べている。だが、見た目からして次元が違う。
「仕方ないですね。親睦を深めるためご相伴にあずかりましょう」
「素直じゃないなあ。まあいいけど」
気が付けば鈴木は無我夢中でスプーンを口に運んでいた。忘れかけていた日本の記憶、甘味が口の中に広がる。
「何これ凄い! 完全に日本の味を再現している」
「いいえ、これは既に日本の味を超えているわ! こんなに美味しいプリンを私は食べた事が無い……」
登り詰めたと思っていた。聖女として、この世界の頂点の一人になったと、そう確信していた。
中世レベルの世界で苦しむ民衆を、現代知識で救ってやって得意になっていた。
それでも、チートがあるとはいえ、決して楽な道のりでは無かったのだ。
だが、目の前の吉田は、自分が食べたいプリンを作るためだけに、持てるリソースの全てを注ぎ込んできたのだろう。
馬鹿だ。優先順位をいろいろ間違っている。
本当にそうだろうか?
スイーツを貪る聖女とその取り巻き達の目から、熱い涙がとめどなく流れ落ちる。
彼女達自身、その涙の理由を理解できないのだった。




