異世界の魔王
「祇園祭みたいねえ」
魔王の行列を見た赤松が、ボソッと呟く。
魔王軍と聞いて見物に行きたがっていたので、期待外れだったようだ。
「あれが魔王様の輿ですよ」
魔王に詳しいらしいセーラちゃんが解説してくれる。そうか、輿かあ。確かに祇園祭の山鉾みたいなでっかい輿だ。まるで小さな家だな。どうせなら馬車にすればいいのに。担いでいる人達も大変だ。
前後左右に二本ずつつき出した棒に、担ぎ手だけで二十人いるよ。さらにコンチキチンと演奏してる楽隊が五十人くらい? 短槍を掲げている人達は一応武装してる? 煌びやかな衣装を身にまとっているから、お飾りにしか見えない。
ガチに戦えそうな戦闘集団も行列の前後にいるけれど、足手まといを護りながら戦うのは大変そうだよなあ。総勢千人は余裕で越えてるけど、半数は戦えそうにない感じ。なんて弱そうな魔王軍なんだ。
「横腹を突けば、百人の兵でやれそうね」
赤松が物騒な事を言い出す。どこの軍師様だよ。
「この世界には魔法があるから。ほら、あの笛の人とか、実は魔王軍四天王だったりして」
「そうくるかあ。確かに笛は強キャラ感あるよね」
セーラちゃんが話についてこれずに困った顔をしているけど許してほしい。これは大人の話なんだ。
魔王軍の進撃速度は、のんびりしてるように見えて案外速かった。人が普通に歩くスピードだから、休みなしで歩き続ければ一日に数十キロは進む。
食事休憩もとらないでノンストップだ。よく見ると立ち飲み立ち食いしてるね。たまに大急ぎで追いかけて来る人がいるけど、トイレだね。用を済ませたら元の位置まで追いつかないといけないのか。
「吉田が兵站が大変って言うけどさ。軍を動かさなくても、どうせ皆食事は食べるでしょ? なら普段と同じじゃない?」
え? 赤松は良くわかってなかったのか。
「僕達はその兵站を断ち切る作戦をしてたんじゃないか」
「あれはわかるのよ、敵地なんだから。でも、ここは魔王の国でしょ? 遠足みたいなものじゃない」
「一人分の弁当を用意するのだって大変だろう? それが十人分、百人分となれば超大変じゃないか」
「あーそうか。でもまとめて作れば効率的じゃない? お弁当屋さんみたいにさ」
そう言われるとなんかそんな気もしてきたな。あれ?
「普通は敵地の方が略奪できて楽だって聞きますね。地球の人は食料を備蓄しないからじゃないですか?」
「外国のことは知らないけど、日本だとコンビニを略奪すれば百食分くらい余裕でありそうだけどねえ」
ああ、でも三十人なら一日で食べ尽くすのか。流通が止まればあっという間に飢餓地獄だ。
「やっぱ兵站ヤバくない? 日本なんて平和じゃなくなったら一瞬でお腹すくよ?」
「それは兵站とちょっと違うけど、わかってくれたらまあいいや」
今大変なことになっているのは、異世界と転移門が繋がったメキシコだ。日本よりずっと食料自給率が高いのに餓死者が出ている。勇者須田が救世主扱いされるわけだ。
その転移門へと駆け付けた魔王軍。まあ、歩いてたけどね。
勇者対魔王の戦いが始まるのか?
魔王軍は転移門の前に陣を張ると……やっぱりコンチキチンとお祭り騒ぎしてるし。
相変わらず魔王は輿から顔を出さない。トイレも完備しているらしい。キャンピングカーみたいなものらしい。
「転移門を封印する儀式みたいですね?」
「え? 異世界軍がまだ地球にいるじゃない?」
「そんなの待ってたら、勇者が入って来ちゃうじゃないですか」
え? 領主軍を見捨てるの? 魔王ってなんか冷酷じゃない? 魔王だから別にいいのかな?