おならハルマゲドン
須田が勇者なら、魔王は僕なのかもしれない。
本物の魔王はいるみたいだけれど、魔族の王ってだけだし。
クラスメイトのドロップアウト組が実は魔王だった、とか、結構良くあるパターンだし。
なにしろこのタイミングで覚えた魔法が『おならハルマゲドン』ときたもんだ。
効果はちょっとヤバイ。おならでオゾン層を消滅させるというものだ。
オゾン層は太陽から降り注ぐ紫外線をある程度カットしてくれている。それがなくなると、紫外線が増えたりして、多分いろいろ困る。
それで世界が終わると言ってる人もいるみたいだよ? 科学者? あれって特に資格はいらないので、誰でも自称すれば科学者になれるらしいけどね。
うーん、おならで世界が終わるとかちょっと眉唾だけど、おならハルマゲドンだからなあ。万一があるかもしれない。この魔法も封印だな。
そんな危ないのに頼らなくても、勇者を倒す必勝の作戦は考えてある。作戦名は『永田町ぐっすり作戦』だ。
勇者須田は首相官邸を私物化して好き勝手してるみたいだから、町ごとおならで眠らせてしまえばいい。
上手くやれば一滴の血も流れない。誰かが天ぷらとか揚げていたら火事とか心配だから、決行は深夜だ。寝ている須田をそのまま宇宙の彼方まで打ち上げてしまえばいい。
適当なところで須田だけ放り出して帰還するつもりだ。それでハッピーエンド? 仮にも元クラスメイトを始末するんだから、楽しくはないな。
それに須田が悪の黒幕ってわけでもない。あいつは力に溺れて周囲の雰囲気に流されただけなんだと思う。勇者は永田町の妖怪に取り込まれたんだって噂も流れているし。
もしかすると、グラさんにも感知できない恐ろしい存在が、世界を裏から牛耳っているのかもしれない。
だが、とにかく須田を宇宙に捨ててしまえば、しばらくは平和になる筈だ。ちょっとだけ可哀そうだけれど、仕方ないんだ。不死身の勇者なんて、平和にとって物凄く危険な存在なんだよ。
「え? 首相官邸は毒ガス対策とかバッチリみたいですよ。当たり前じゃないですか」
羽山は何故そんなこと知ってるんだ? 一日中ネットしているからかな?
『永田町ぐっすり作戦』は始まる前に終わってしまった。おならは便利なようでいて、意外に使えないな。
地球には毒ガスという似たような兵器があるから、異世界以上に対策されてしまうんだ。
魔法のおならだから、もしかしたら有効かもしれない。だけど勇者相手に不確実な手はうちたくないよ。
生きるか死ぬかがかかってるんだから、見切り発車はできない。
「それに、もう戦わないんでいいんですよ私達。須田君、本当は正義の味方だったんです」
「へ?」
何を言っているのかな? 羽山は少しお花畑なところがあるけど、最近はまともになってきてたのに。
「なになに? その面白そうな話?」
仮眠していた筈の赤松までが、もぞもぞ寝袋から出て来た。
なんか僕だけ悲壮な覚悟をしていたのが馬鹿らしくなってきたよ。
「じゃーん、最新のネットニュースでーす」
羽山がスマホの画面をテレビに映す。小太りの老人が下手糞な英語で演説している誰得映像だった。
「このジジイがどうかしたの?」
「この人、日本の外務大臣よ。国連で演説してるの。異世界と平和条約みたいな? 平和が一番よねえ」
「何それ? 勝手に戦争してた癖に。私達が馬鹿みたいじゃない」
激しく同意だ。僕達だって勝手に世界を護ろうとしてるんだけれど。
「で、こっちが須田君の雄姿」
別の動画で、鎧姿の須田が外国人の偉いさんっぽい人と握手している。
「へー、あいつ、こんなにカッコよかったっけ? カメラ映りいいねえ」
「そりゃあ、国連のカメラだもん」
いや、カリスマのせいだろ? 勇者はすごく補正があるらしいよ、その辺。
「須田は大勢の人を殺した悪人だぞ」
「でも国連だよ? この動画だって、どう見ても映画のハッピーエンドみたいじゃない?」
理屈は通用しないようだ。人間、見た目が大事だからなあ。あ、やられた! なんか負けた感がある。
戦いのことばかり気にしていて見落としていた。まさか須田がこんな手で来るとはなあ。
「国連って、絶対正義というか、錦の御旗って感じするよねえ」
赤松まで国連大好きだったよ。はあ、まーけた負けた。
地球の偉い人達にも、きっと何か考えがあるのだろう。もう放っておこう。
僕達は難しい政治とかわからない素人だし、こうも盤面が変ったら出る幕は無い。
「撤収撤収、空島に帰ろう」
「家族に会っていかないの? 国連は正義の味方なんだから、絶対会わせてくれるよ?」
「そういうのはまた今度な。梅木さん達にも相談してからだよ」
あー、ゲン爺さんともお別れだな。そこまで親しくなった訳じゃないけど。
『裏の畑で茄子がなるー』
挨拶しに母屋に向かうと、調子っぱずれな歌が聞こえてきた。あの人は、一人でも逞しく生きていけそうだな。
いつかはこの過疎の村で孤独死して、死体はどうなるのかな? 死んでからのことなんて、ゲン爺さんは気にしないだろうけれど、なんだか少し寂しい気がした。