勇者の天下
「何ふざけてるんだ? 俺を舐めてんの? ねえ? 船も飛行機も全滅ってどういうことだよ? 簡単なお届け物すらできないのか? この国の自衛隊は? 何か言ってよ?」
勇者須田に睨まれ、総理官邸に呼び出された閣僚達はタラリタラリと脂汗を流している。
鼻持ちならない生意気な若造だが、逆らえば命が無い。海外へ亡命しようとした議員も何人かいたが、無事逃げ延びた者はいない。
日本を離れてしばらくすると、心臓発作等で謎の死を遂げるのである。呪いかはたまた魔法か、手段は不明だがそこにあるのは確実な死。
特権階級の者達にとって、自らの命は全てに優先する。躊躇なく人を殺す勇者に逆らえる訳がなかった。
加えて勇者は、鞭だけでなく飴も用意した。どんな難病もたちどころに快癒し、飲めば十年は若返るという不老不死のポーションである。
党首クラスの老人達にとっては全てを犠牲にしても手に入れたい霊薬であり、すでに三名がその恩恵に浴している。
「あの、勇者様。船の方はチャーターした民間の貨物船でして。防衛大臣はノータッチであります」
「はあ、お前馬鹿なの? そんなのどうだっていいんだよ。食料を届けるだけの簡単な仕事だろう? 自分達でできないんなら、外国の企業に発注するとか少しは工夫しろよ。俺の軍団が自由に動けるようになれば、地球を征服するぐらい朝飯前なんだぞ。そこんとこわかってんのかなあ?」
老人達は煽られてもひたすら耐える。中にはプライドを捨てきれず、勇者の相手を部下に任せて別室に退避してしまった者もいるが、逃げ出せば負け組だ。今や勇者須田の傍に控える者こそが、この国の権力を一手に握れるのだ。
「なあ、お前達って世襲議員なんだろ? ああ、勘違いするなよ、別に世襲が悪いとか言ってるんじゃないんだ。結果は同じなんだから、むしろ無駄な選挙なんかやめてさ、身分を固定しちまいなよ。選挙区をそのまま領地にして世襲の貴族になればいいじゃん」
それは悪魔の囁きにも似ていた。馬鹿げた話だが、もしそうなったらと考えてしまう。
「異世界の国は、大抵世襲の王家が統治してるんだぜ。選挙で選ばれた代表なんてこれからは相手にもされないわけ。今から準備しとかないと間に合わないだろうなあ」
「いや、そうおっしゃられても。輸送作戦の方はよろしいので」
「バカタレが! 食料が最優先に決まってるだろ! 一度に一つのことしかできない無能なのか?」
勇者に軽くはたかれた老人は、吹っ飛ばされて床をのたうちまわる。
「勇者様。全ての輸送機は突然交信を断っております」
やり手として知られている防衛大臣が口を開く。
「兵の反乱か? パイロットの家族を人質にしとけばいいだろ」
「いえ、反乱で機体は消滅しません。ステルス戦闘機等によって撃墜された可能性が高いかと」
「ステルスねえ。どこの国だ? 国一つ滅ぼすくらい訳ないんだよねえ。見せしめにやっておうか?」
「いえ、それは……あ、他にもUFOの目撃報告が全国で相次いでおりまして。異世界が関係しているのではないかと愚考する次第で」
突然饒舌になる防衛大臣。勇者が超大国に何かしたら、日本まで巻き込まれてしまう。
「邪魔する奴は皆的なんだよ! UFOなんて撃墜しちゃえよ」
「ミサイルより高速で移動する目標に攻撃は無意味です。それに、異世界関係かと思いまして。あのUFOも勇者様の部下ではないのですか……」
だしぬけに、勇者須田の殺気が膨れ上がる。
「キレたぜ! お前、俺を舐めてるな。嘘や誤魔化しはわかるんだよ! まだ見せしめが足りなかったか。防衛大臣の代わりなんざいくらでもいるんだ! 覚えとけ!」
予想もつかない勇者の癇癪に、生き残った者達は震えながら嵐が通り過ぎるのを待つ。
後に残されたのは雷撃魔法で炭化した人間だったナニか。
理不尽を通り越してもはや意味不明だ。かつてこんな極悪非道な独裁者が存在しただろうか? 実はそう珍しくもないのだ。それなりに世界史の知識がある者であれば、この程度はまだまだ可愛いものだとわかる。
権力の座に近づくのも命懸けだ。無事に余生を送れるなら今すぐ引退するのも悪くないと、何人かの老人が後進に席を譲るのであった。
「自衛隊の人達って優秀だね」
「そりゃあ、グラさんの神様通信が使えるからねえ」
白い部屋で洗脳……いや、グラさんを信仰するようになった皆さんが、勇者須田に抵抗すべくレジスタンス活動を始めてくれた。草っていうのかな? 昔の忍者みたいに、貴重な情報を次々にもたらしてくれる。
グラさんからのお告げとか、夢の中でいろいろ交信できるらしい。既存の通信機器を使わないから、取り締まる方は大変だろうなあ。
おかげで輸送機だけじゃなく、物資を運ぶ船の航路まで全て知ることができた。地道に一つ一つ潰していっている。
乗組員達を白い部屋でいちいち処理するのが一番大変だ。おかげで少しずつ味方が増えていくんだけどね。
正面切って戦うだけが抵抗運動じゃない。おかしいことをおかしいと口にするだけでも命を落とすけれど、皆がそのことを知ることで抵抗勢力は増していく。
須田の行状は、どんどん酷くなっているようだ。前からちょっと変な奴だったけれど、見境なく人を殺したりするような奴じゃなかったのに。
力に溺れているのか、何かの呪いに心を蝕まれてしまったのか。更生の余地はゼロではないだろうけど、うーん。
倒すチャンスがあれば、迷うことなく始末するのが最善なんだろうなあ。
あいつの居場所はわかったんだ。ガスで眠らせることさえできれば、あとはなんとかなりそうだ。
決着をつけに行く? 失敗すれば死ぬかもしれないけれど。
チェックメイトなのかなあ? 勇者一人いなくなっても根本的な解決にはならない気もする。
今の僕は凄く迷ってるから、誰かに背中を押されたらそのまま突っ走ってしまいそうだ。
それがわかってて、グラさんは背中を押してはくれない。
どうしようかな? とりあえず、インスタントラーメンでも食べながら考えるとするか。
毎晩夢に見てた程美味しくなくてがっかりだけど、記憶は美化されるものだから。
……人間って何のために生きてるんだろうな。