秘密作戦の秘密
「素晴らしい! 空を飛ぶとはこういうことであるか! 目が回りそうじゃ!」
僕が種籾を探しに戻ると言うと、何故かグラさんがついて来てしまった。空を飛ぶのは初めてみたいで、僕の背中でグラさん大はしゃぎだ。霊体だから重くないけど。
「霊体化できるのに空飛べないんですか?」
「翼なき者が飛ぶことの方が道理に反しておる」
「でも、イカとかだって空飛ぶじゃないですか、ほら」
大型魚に追われたイカが、海面から飛び出して飛んでいく。あれはカツオかな? シイラかな? 大きな魚影が足元を通り過ぎて行った。
「なんじゃあの生き物は? 虫かね?」
「イカですよ。美味しいけどアニサキスが寄生してるんですよね」
あ、クジラがいなければアニサキスもいないのか? いるのかなあ、クジラ。
「チキュウの民は何でも食すのであるな。料理の種類も余程多いんじゃろ?」
「イカだと、スルメでしょ、イカソーメンでしょ、刺身に握り寿司、沖付けに塩辛にイカ飯、天ぷらにフライ、イカ墨パスタにバター醤油焼きも美味しいし……」
「あの虫だけでそんなにいろいろ!」
「生でも干物でも煮ても焼いても美味しいですからね」
思い出しているうちに食べたくなってきたけれど、あんなのどうやって捕まえよう? タコだったら岩場で簡単に捕れるんだけど。
目的地があるとなると、空の旅は意外に難しい。地図も羅針盤もないから、うっかりすると行き過ぎてしまうかもしれないし。
陸に近づいて目印にしようにも、どこも似たようなものでさっぱりわからない。ランドマーク的なものがないと困るよ。
「なんじゃ迷子か? オサムもまだまだ子供じゃのう」
「大人でも迷子になることはあるでしょうに」
「さよう、儂なんかは迷子の達人である。じゃからして迷うの前提で常に行動しておる。目的地は、まずはあっちじゃ」
なんかポーズをつけて杖で指し示す。
「なんでグラさんが知ってるんですか? もしかしてクラス召喚の黒幕だったりします?」
見た目的にはラスボス……いや、中ボス感があるんだよこの人は。骨だし、骸骨だし。
「なかなか面白い発想じゃ。常にあらゆる可能性を想定し思考することが大事である。常識にとらわれていては、見えているモノまで見逃してしまいかねんのじゃ」
僕が何かを見逃している? 謎かけみたいだな? 落ち着いてよく考えてみようか。
目的地について、グラさんには僕が話した以上の情報がない筈なんだ。そして国名すら僕はしらない。賢王のことは話したけど、グラさんは昔の人だから知らなかったし。そもそもグラさんはリッチになってからはずっとあの島に引き籠っていて……あれ? 本当にそうなんだろうか?
「第一ヒントください。グラさんは僕に嘘をついていますか?」
「ひんと? なんじゃねそれは? 異世界の問答の流儀か? まあよい。儂は嘘は嫌いじゃが、知らずに嘘をついてしまうことくらいあるじゃろうな。人間じゃもの」
玉虫色のヒントが帰って来た。とりあえず、意図的な嘘はついていないってことでいいかな?
「あ、わかった! クラス召喚をやっちゃいそうな国に、最初から心当たりがあったんだ!!」
「なるほど、自分の頭でちゃんと考えて答えを出したのは悪くない。問題はそんな国が両手の指の数より多いことじゃな。まあ、今でも滅びていないとすればじゃが。百年もすればだいぶ国も入れ替わるからのう」
ヤバい国が十国以上もあったという驚愕の事実。異世界ってとんでもない。
「まいりました。降参です。正解を教えてください」
「簡単な話じゃよ。お前さんを探している魔法を逆に辿ってみた。人探しの魔法を頻繁に使うとは、迂闊な術者もいたものよのう」
「あー、そんなのズルくないですか? 魔法を逆探知できるなんて僕は知らなかった」
「オサムも同郷の者達も、世の中舐めとるんじゃないかの? 力を与えられておらんかったらすぐに死んどるぞ」
はい、平和ボケしている自覚はあります。
「冗談であっても、教わっていないから知らないなどと口にするのは、儂には死より恥ずかしいことじゃ」
そこまで言わなくてもいいじゃない? 年寄りのお説教はくどいから、正論であってもモヤッとするなあ。
「それじゃ知ったかぶりするんですか?」
「バカモン! 死に物狂いで学ぶのじゃ!」
いいことを言ってるようだけれど、それでリッチになったグラさんが言うとシャレにならないと思う。
グラさんの指示に従って飛び続けると、間もなく港町が見えて来た。上空からだと感じが違うけれど、僕が追い出された城っぽいのが見える。
「凄いよグラさん。本当に着いたみたい」
見直しました。くどいとかウザいとか思って悪かったです。
「知恵も知識も使いようじゃ」
やっぱり髑髏にドヤ顔されるとウザいです。見た目って大事だなあ。
侵入経路を考えながら、ゆっくり高度を落としていく。
バスから降りた後、しばらく林の中を歩かされたよな? 城の周辺にそれらしい木々は見当たらない。
「召喚された場所から、城まで転移したのではないかな?」
言われてみればそうかもしれない。記憶ってこんなに曖昧なものだっただろうか? 信じられないことが起きて、混乱していたのかなあ。
「転移ルートを逆探知とかできませんか?」
「フム……痕跡が残っておれば可能であるな。とにかく一度離脱して沖の無人島にでも降りるのじゃ」
グラさんにはなにやら考えがあるみたいだ。
「あの城はどうも良くないな。オサムはこれから腹の立つ光景を沢山見るかもしれん。だが決して誰も殺すな。特に同郷の者達には手をかけるな。嫌な予感がする。くらす召喚とやらの目的が蠱毒の儀式である可能性がある」
「蠱毒って、毒虫王者決定戦みたいなあの蠱毒ですか?」
「チキュウにも似たような儀式はあるか。お主、想像以上の厄介事に巻き込まれたやもしれん。米の入手は一旦保留じゃ。よいな」
まさか、クラス召喚した日本人を互いに殺し合わせて、最後に生き残った一人を生贄にするつもり? 魔王退治の話も嘘だったってこと?
「一体何者が何のために企てた? 強力過ぎる儀式ぞ! そこまでして一体何を望んでおるのじゃ?」
「ゲームだったら邪神の復活とかってパターンかな。わりと良くあるからベタ過ぎるけど」
思いついて言ってみると、グラさんがビビッた。超ビビッた。
「みだりに超越的存在を口にするでない。人がその名を口にすることであれらは力を得る。いや、あるいはそれが目的か?」
神様の話をしちゃ駄目なの? 教会関係者やオーリィさんは結構口にしていたような?
でも、本当に邪神復活ルートだったら、黒幕は賢王かな?
「本人はそのつもりかもしれんが、たかが一介の国王ごときは駒に過ぎんじゃろうて。いや、決めつけるのは早計か。まだ何もわかっていないに等しい」
「よくわからないですけど、黒幕の嫌がることがしたいです。ノーリスクな範囲で」
「鼻をあかしてやるのじゃな。警戒されておらぬ最初の一回だけは成功するやもしれぬ。じゃが、自己満足以外に得られるものはないぞ。中途半端な真似をするくらいなら何もせぬ方が賢明じゃな」
グラさんの言うことはいちいち御もっともなんだけれど、正論だからこそカチンとくるものがある。
ちっぽけな自分が嫌になるけど、ついつい嫌味っぽく問いかけてしまう。
「参考までにお伺いしますが、例えばグラさんならどうします?」
「儂か。儂なら一度の奇襲で全て決着をつける。儀式を乗っ取り、未完成のまま発動させてしまえばよい。願いはそうじゃな、被召喚者全てをチキュウに送り返すとかどうじゃ? 黒幕の鼻はあかせるし、お主の願いもかなうな。全て綺麗に片付くではないか」
え? そんなことできるの! 僕とグラさんじゃ考えていることのレベルが違った。大人と幼児だ。張り合おうとすること自体愚かだった。
「グラさん天才! 僕達本当に帰れるんですか?」
「蠱毒の儀であれば未完成であってもその程度の奇跡は余裕じゃろうて」
儀式が完成したらどんな奇跡でも叶うんだろうね。途中で横取りされちゃったら黒幕は涙目だ。ざまあみろ。
「それでそれで? 儀式を乗っ取るにはどうすればいいですか? やっぱり城に忍び込むの?」
「まずは準備じゃな。儂の島に戻るぞ」
えー、ここまで来て振り出しに戻るの? まあ、飛んで帰ればすぐなんだけれど。あ、グラさんの島の場所がわからないぞ。