白い部屋
気がつけば白い部屋にいた。
体が浮いている。無重力?
全裸? 全裸だ。でも、寒くも暑くもない。
ここが死んだ時に来ると言う白い部屋か? 死んだのか? そうか、ついに死んじまったか。パイロットを志した時から、いつかそんなこともあるかと覚悟はしていた。空気って奴は存外スカスカで、それでいて抵抗はそれなり、扱いが難しいんだ。空を飛ぶのは簡単なことじゃない。
死ぬ時は相当に苦しいんじゃないかと恐れていたが、そうでもなかったな。
心残りは幼い娘のこと。保険はちゃんとおりるだろうか? 殉職扱いになっても大した見舞金は出ないと聞いている。
『ふむ、戦死者に名誉が与えられんのはいかんのう』
頭の中に声がする。
「もしかして神様ですか?」
『さよう、儂は神様じゃ。そなたにとっては異世界の神じゃがな』
「異世界ってあの異世界でしょうか? チートを貰って無双するやつ?」
『ズルして勝って嬉しいか?』
「言われてみればそうですが。え、だって、そういうものじゃないんですか?」
異世界の神様っていえばポンコツでちょろいと相場が決まっているのに、この神様はなんか普通だ。不敬な態度は慎まなくては。
『借り物の力で他所の世界の住人に迷惑をかけたいか? 妻子を捨ててまでそれを望むか?』
「そんなこと! できるものなら娘にまた会いたいですよ! 生き返りたいに決まってるじゃないですか」
今ならはっきりわかる。あの子のためなら死ねる。
『ならば会いに行くがよい。今度は己の目で真の敵を見定めて娘を護り抜くのじゃぞ』
わかっている。全ての元凶は自称勇者の調子に乗ったクソガキだ。政治家達が忖度している相手に一自衛官が逆らってはいけないと思っていた。
だが違う、そうじゃない。無かったのは覚悟と信念だった。いや、もとより国のため命を投げ出す覚悟はあったんだ。今日からはあの子のためだけにこの命を使おう。
目の前に服が出現する。あ、自分のだ。さすがは神様だ。
重力が戻り、地に足がつく。裸は嫌なので急いで下着から身に着けていく。いくら死後の白い部屋でも、せめてパンツくらい欲しかった。
冷静になって観察すると、この部屋はかなりチャチだ。まさかベニヤ板じゃないだろうな? 死後の世界も予算不足なのだろうか?
『それでは、行きたい場所を強く念じるのじゃ』
神の言葉に、思い描くのは娘が待つ我が家。まだまだローンが残っているけれど。
気が遠くなっていく。生き返るのか? これが臨死体験?
『娘を捨てて異世界行きを望むようなら、儂はそなたを消滅させておった』
最後にさらっと怖いよ。異世界の神様おっかないよ。
「えーと、次の人は神奈川県か。往復で十分ってとこだな」
何しろ新兵器のGPSナビがある。隊員の私物だったみたいだけど、まあ、戦利品だし。
スマホのGPSアプリとの違いは、発信機能がついていないこと。衛星からの電波を受信して、画面に目的地までの地図を表示する機能しかない。だけどそれがいい。
シンプルイズベストで使い易いし、敵にこちらの位置情報がバレる心配もない。時速六千キロとか表示がバグってるのはご愛敬だ。
グラさんが白い部屋で面接してレジスタンスに仕立て上げた隊員さん達を、僕と赤松で日本各地に配送。
人口密集地を飛ぶ時は、結界で光を反射させたり屈折させたりして正体を隠した。ネットじゃUFO騒ぎになるかもね。ちょっと楽しみだよ。
「あー、あたし分かっちゃったかも。UFOが光る理由。宇宙人もああやって正体を誤魔化してるんだわ」
いや、あいつらも正体不明なんだから宇宙人とは限らないよ。案外僕達と同業者だったりしてねえ。