インターセプト
「ねえミー君、ここって何県?」
「えーと、大分県?」
衛星軌道から見下ろして、九州を狙って降下したからだいたいその辺だよ。
弾道飛行は見つかったらミサイルと誤認されそうだけど、赤松に隠蔽の結界というのを張ってもらったから、観測はされていない筈。
異世界ゲートは使わずに、グラさんに直接送り込んでもらったけれど、都市部は防犯カメラが多くて動きにくかった。隠蔽の結界も万能じゃないみたいだ。
だから勇者対策本部は山奥の過疎の村に設置することにしたんだ。各地の基地に羽山がテイムした虫達を送り込んだ後で九州に飛んだ。
「鹿児島県って書いてあるよ」
道路標識に確かに書いてあるね。まあ、県境が空から見える訳じゃないから。やっぱりGPSはちょっと欲しいね。あると便利だろう。
この辺は国道も碌に整備されていないみたいで、路上に石や枯れ枝が大量に転がっている。落石注意の道路標識、動物注意? 鹿注意? 何に注意するんだろう。
赤松と羽山に挟まれて何故か両手に花状態だよ。天気もいいしピクニック気分? でもまあ、女子達も逞しくなったね。崩れた道路も平気で軽々と飛び越えていく。
「凄い道だね。四駆じゃないと無理じゃない?」
「なんか人類が滅びた後の世界みたいですね」
勇者須田が馬鹿をやったら本当に世界が滅びかねない。でも、道が悪いのは須田のせいじゃないな。何十年もインフラ整備をサボってきたツケだろう。
「あー、あの辺にも村がありそう? 何軒か家が見えるよ」
田んぼがあるから廃村じゃなさそうだけど、人の気配が無い。あ、鹿だ。村の中を白昼堂々と鹿が歩いている。
歩いて行くのも面倒なので、二人を抱えて軽くおならジャンプ。数百メートルをショートカットする。驚いた鹿はバッと凄い勢いで逃げて行った。ワイルドだなあ。
「奈良公園の鹿と違って、むっちゃ野生ね」
確かに、同じ生き物とは思えない。随分大きく見えたし。
「日本の鹿って食べられるのかな?」
羽山も随分逞しくなったもんだよ。美味しいかどうかはわからないけれど、焼けば貴重な蛋白源だ。生肉はとても危険なはず。
「あ、第一村人発見。こんにちはー」
小さなお爺さんがフラフラと歩いて来る。ステテコ姿っていうのかな? なんか昭和って感じだ。
僕達とゲン爺さんのファーストコンタクトだった。お爺さんは名前も昭和っぽかった。
ゲン爺さんはこの村で自給自足の暮らしをしていた。いつの間にかみんないなくなったそうだ。
必要なものはネットで注文すれば届けてもらえるらしい。無人の村役場に行けばフリーWi-Fiが使える。そしてこんな所にも防犯カメラ。
爺さんはソーラーパネルを拾って来て庭先に並べていた。自動車の廃バッテリーに電気を貯めて、風呂を沸かすのに使っているらしい。逞しい爺さんだよ。
独りぼっちで寂しかったゲン爺さんは僕達に会えて喜んだ。僕も経験があるから気持ちはわかるよ。グラさんに会えた時は嬉しかったもの。
須田のやらかしたことはネット情報で知っていたみたいだけれど、そんなに気にしていなかった。むしろ税金が下がるって喜んでいた。
ゲン爺さんの前では須田の悪口とか言わない方が良さそうだ。空気を読まない竹井を連れて来ないで本当に良かった。
家賃五万円で離れを貸してもらうことになった。家賃は払うけど、肉とかカニとか売りつけて貴重な日本円を回収する。予定では空き家を無断で拝借するつもりだったけれど、人がいたんじゃ仕方ない。
ゲン爺さんはいい人みたいだし、ネットや電気も使わせてもらえるし、ここをアジトにすることにした。
少し足を伸ばせば立派な廃校もある。広い体育館がいいね。今日中に校内に白い部屋をセットしてしまおう。インベントリからパーツを取り出して組み立てていく。基本はプレハブだ。赤松にも手伝ってもらう。
作業を終えて離れに戻ると、羽山はゲン爺さんに貸してもらったタブレットでネットサーフィンをしていた。指の動きが凄い。
「なんか須田君、ネットじゃ人気者になってるね」
減税と悪徳政治家の公開処刑。やっていることは中世レベルの人気取りだけど、効果は抜群みたいだ。
「動画サイトも掲示板も須田君のアンチがまったくいないとか……怪しいなあ」
羽山が見違えるように生き生きしている。ネットしてると人格が変わる? ネット弁慶?
「そんなことより、輸送機のコースはわかったの?」
「異世界との友好のために食料品を送るってニュースはあるけど、日時とかコースはどこにも書いてないわ」
吉田を連れて来るべきだったかなあ。パイロットが分かっていれば、人探しの魔法で追跡できたかもしれない。
いや、輸送機のいる基地の近くに羽山のテイムした虫を送り込んであるから、大きな動きがあればわかる筈なんだよ。
支援物資と一緒に飛行機に入ってしまえば、マーカーとして追跡できるんだけど、虫の寿命が短いのが問題なんだ。
「ゴキちゃんは案外長命なんだよ。それに多分余裕で間に合う。鳥取県の飛行場で今日明日にも動きがありそう」
鳥取県……ああ、あそこか。米子空港? 妖怪の銅像が可愛かった。
できれば輸送機を海上で捕まえたいんだよな。ルートがわからないのが困るけど、ゴキちゃんマーカーが機能するならなんとかなりそうだ。
「スクランブル発進をゲン爺さんに見られるのはマズいから……どうしよう?」
「無人の廃村を探して第二のアジトにする?」
飛行機はなかなか速いので、ぐずぐずしているとすぐに飛んで行ってしまう。
「なんか大変ねえ。ゴール直前で襲撃した方が良くない?」
うーん、赤松の言う通りかもしれない。補給線の遮断って案外難しいかもしれない。作戦失敗? かな?
「ミー君出動よ! ゲン爺さんは家で寝てるわ!」
あ、羽山に虫の知らせが入ったようだ。スクランブルだ発進だ。これで作戦失敗はないな。
二人を抱えて一気に雲の上まで飛び上がる。赤松はこれくらいのGは余裕だし、羽山もレベルが上がって耐久力がついてきた。一方向だけのGってレベルさえ上げていればわりと楽なんだ。ドッグファイトみたいに振り回すと大変なことになるけど。
「えっと、あっちかなあ?」
一度慣性飛行に移ってから、再びコースを変える。
「あれじゃないかなあ?」
飛行機雲が何本も何本も並んでいるのが見えた。目立つなあ、見るからに凄く怪しい。
「当たりね。飛行機雲のおかげで助かったかも」
「ここってどの辺? 沖縄?」
「いや、全然まだまだ。GPSが欲しいな」
目標の輸送機は三機。まとめてやるか? いや、一機ずつ確実にやろう。
「赤松、よろしくね」
「OK」
一番後ろの飛行機から、インベントリに収納する。普通は中に人間がいるとできない。でも無理やりする。
機体が消えて、丸裸のおじさんが何人も放り出される。赤松が素早く結界に閉じ込め、催眠おならで眠らせる。
同じことを三回繰り返す。
「ねえミー君。これってやっぱり脱衣魔法?」
それを言っちゃあおしまいよ。
「ほら、イカの刺身をインベントリに収納するとアニサキスが弾かれて飛び出すじゃない。あれと同じ原理だよ」
適当に誤魔化す。実体験からくる言葉は説得力あるよね?
さて、あとはこの人達の処遇だけれど、グラさんに丸投げしちゃおう。白い部屋でそれっぽく説得、できるかなあ?