教科書に載るかも
「ねえミー君、聞いた聞いた? 須田の奴、日本を占領? したんだって? あいつ意外にやるじゃん、あいつの癖にさ」
「え? 誰に聞いたの、その話」
「オッサンが言ってたし。え? デマなの?」
竹井がオッサンと呼ぶのは、多分秋山さんだな。僕もグラさんから聞いたばかりなのに、どこから話が漏れたんだろう?
「まあいいけどね。別に秘密じゃないし」
まさか須田が国会議事堂に乗り込んで、そのまま日本を手に入れてしまうとは予想外だった。いくら勇者が強くても、そんなに簡単に国って手に入るものかな? ちょっと信じられない。
竹井が知ったってことは、女子全員に話が伝わるのにそれ程時間はかからないってことだ。口コミの力はわりと凄いよ。正確じゃないのが問題ではあるけれど。
案の定、夕食の席では須田の話ばかりだった。
「それって、須田君が歴史の教科書に載るってこと? 凄いじゃない」
「悪名は無名に勝るって言うしね。一人殺せば犯罪者だけど百万人殺せば英雄、みたいな?」
「それ言うなら勝てば官軍でしょ?」
意外にも女子達の評価が好意的だ。でかいことをやらかしたから?
確かに、僕だって凄いと思う。
グラさん情報だと須田のやったことは、議員達を半殺しにして回復魔法を使っただけ。従わない人達は殺してしまったようだが、最後まで抵抗したのは数人だったようだ。
平和な国の人々は、驚くほど暴力に耐性が無かったんだ。
「あ、これって不味くない? 須田君が兵站の問題を解決しちゃったかも。自衛隊に輸送機とかあるんでしょ?」
吉田が鋭い指摘をする。
そこなんだよ。竜骸は自動車並みの速度で、せいぜい数時間しか飛べない。輸送手段の貧弱さが、異世界軍の弱点だった。
勇者なんだから、普通はインベントリの容量を拡張しようとかとか考えないか? 輸送機って何だよ? 須田の奴、発想が斜め上だな。
「須田君と戦えるとしたらミー君ぐらいじゃない? 日本を助けに行かないの?」
虫使いの羽山は、僕のことをヒーローか何かだと勘違いしている。
「須田を侮辱して殺された議員さんが数名いたみたいだけれど、生き残った連中は全会一致で無条件降伏を決めたみたいだよ。総理を含めてね」
「でもそれは、須田君に脅されたからじゃ?」
「多分ね。でも、そんな人達のために命を懸けて戦うのは……馬鹿らしく思えるんだ」
須田の奴は果たしてそこまで読んでいたのだろうか?
日本の人達が自ら立ち上がって、犠牲を省みずに抵抗するようなら、僕だって考えたんだけどな。
「命を懸けなきゃいいんでしょ? 須田君と直接戦うんじゃなくて、補給物資が異世界軍に届かないように邪魔するだけでもいいんじゃない? 地球全部を占領されちゃったら手遅れだし」
輸送機を撃ち落とすだけならそりゃ簡単だけどね。犠牲になるパイロットのこととか考えるとなあ。
須田の本当の怖さは、後先考えずに何でもやってのける点かもしれない。僕は……いろいろ考えてしまって駄目だよ。性格的に争いごとには向いていないんだ。
須田が勇者に選ばれたのは、順当だったってことだろう。おならマスターになったのも、僕がとるに足りない屁のような存在だから? それならそれで別にいいけどね。
大いなる力には大きな責任がともなうとしたら、屁のような力には大して責任とか無い筈じゃないか? 僕はただ、小市民的な小さな幸せが欲しいだけなのに。
ああっ、もう、仕方ないなあ。正義の味方の真似事は今回だけだぞ。
確かに、今ならまだ勇者の野望を挫くことは難しくない。補給を受けた異世界軍が各国を侵略し始めたら、おならじゃ手が付けられなくなる。
あの魔法だけは使いたくはなかったが、ついに封印を解く時が来たようだ。