国盗りの話
雲一つない青空。360度どっちを見ても水平線。
「絶景だな」
勇者須田はご機嫌だった。聖鎧は地球でも普通に飛べる、むしろ調子がいいくらいだ。
東に向かって適当に飛べば、そのうち日本列島のどこかにぶつかる計算だった。行き過ぎてしまったとしても、そのまま飛び続ければアメリカだ。
だがしかし、お供に連れて来た二人の部下は、すでに魔力が切れかけている。
「情けない奴らだなあ」
仕方なく、飛べなくなった二機の聖鎧を両手でぶら下げて飛ぶ。
時速百キロで飛んでいるとして、日本にはいつ着けるだろうか? アメリカまで飛ぶのは無謀な気がしてきた。
膨大な勇者の魔力が尽きる心配はなくても、水も食料も数日分しか持ってきていない。固く焼しめたパンは結構日持ちするものの、革袋の水は三日もすれば腐るからだ。
「その辺でミネラルウォーターでも徴発するんだったな」
そもそも、当初の予定では対馬が見えるまで海に出るつもりは無かったのだ。海が見えてテンションが上がり、つい勢いで飛び出してしまった。止めなかった部下達が悪い。
刻一刻と夕暮れが近づいてきている。東へ飛んでいるつもりで、太陽とは逆の方向に飛んでいるが、正しいのだろうか? せめて方位磁石くらい分捕っておくんだった。鹵獲品の山の中に大量にあった筈なんだ。軍用ナイフの柄や、懐中電灯の尻など、いろんな道具に安物のコンパスがついていた。
「太陽で方位がわかるってのは嘘だな。安物の磁石でも、あればあったで便利ってことか」
夜になって星が出れば、正座で北がわかる筈だ。北斗七星くらいは知っている。大熊座? こぐま座だっけ?
やがて海も空も真っ赤に染まる。
「素晴らしい夕焼けじゃないか」
『勇者様。夜に飛ぶのは危険です』
「一晩くらい寝なくても平気だが、自力で飛べないお前達がそれを言うか?」
『いえ、夜はどっちが上かわからなくなって、地面に突っ込みます』
「大丈夫だろう。今夜は月も出ている」
実際に夜になってみると、想像以上に大変だった。速度を落とし、ふらふらと飛び回り、なので海に落ちそうになった。
なので船の灯りを見つけた須田は、迷わず向かった。
瞬く間にオンボロのタンカーを分捕った勇者一行は、船を日本に向かわせる。どうやら見当違いの方向に飛んでいたようだが結果オーライだ。
異世界人達は巨大な鉄の船を見ても、もう大して驚かなかった。鉄が溢れている世界なのだから、むしろ当然だとでも考えたのだろう。随分地球に慣れたようだ。
はた迷惑な一行は途中で何度も揉め事を起こし、その度に船を乗り換えることとなった。最後は日本行きの貨物船を乗っ取り、なんとか東京湾に辿り着くのだった。
国会議事堂前に突然舞い降りた異形のロボットに、対空火器を持たぬ衛視達は右往左往するだけだった。
「では国を貰いに行って来る。お前達は俺の聖鎧を護っておけよ」
『抵抗する奴は始末して構わんのでしょう?』
「そんな根性のある奴がいればいいんだがな」
颯爽とマントを翻し、勇者須田は単身議事堂へ乗り込む。
「泰平の眠りを醒ますヒーローがこの俺だ。ペリーの時は四隻の蒸気船だったが、今回は勇者がたった一人ってか? 愉快痛快だぜ」
彼は既に勝利を確信していた。銃も大砲も核兵器も自分を傷つけることはできない。失敗する方が難しいくらいだ。
ふわふわと、徹夜でゲームをしている時のような、現実感のない思考のまま歩みを続ける。
「まともなライバルキャラもいないんじゃあなあ。ヌルゲー過ぎてつまらん。クフフ、敗北が知りたいよ」
このところの連戦連勝で、相当に増長している須田であった。
建物に侵入した彼の前に、サブマシンガンを装備した新手が立ち塞がる。
「ほう、さすがにそこまで平和ボケしてなかったか。結果は変わらないんだがな」
ニヤリと不敵な嗤いを浮かべ、聖剣の柄に手をかける。楽しいゲームの始まりだ。