百年戦争
『百年戦争は知っとるか?』
あー、世界史の授業で聞いたことがあるかもね。ジャンヌダルクが無双してたエピソードしか覚えてないけど。
まあ、グラさんが言いたいのは具体的な戦争の話ではなく、戦乱が長く続くという意味だと思う。応仁の乱で始まった日本の戦国時代だって百年以上だから、百年戦争と言えなくもないんだ。
百年というのも具体的な数字ではなく、人の寿命より長いという表現だろうね。それなら千年戦争でもいいかもね、さすがにオーバーか。
そういえば千日手という言葉もあるね。日常生活ではまず使う機会はないけれど、一度は言ってみたい。
「この世界では良くあるんですか? その百年戦争が」
『結構あるようじゃのう。勝っとる方に戦を終わらせる気がなければ、ずるずる長引くのでなあ』
地球に攻め込んだ異世界軍は、チート的強さで圧勝しているみたいだ。でも人数が少な過ぎて占領地を広げられないでいるようだ。ああ、だから百年戦争になりそうってことか。
この世界の総人口は一億もいなさそうだもんな。
かつてスペインとポルトガルが世界を支配した時代もあったから、工夫次第では少人数で地球を支配することもできなくはないだろうけれど。
分割して統治せよと言ったのは誰だっけ? 地球側を分裂させてつけこむ? 地球の政治家だって馬鹿じゃない。そんな見え透いた手口に引っかかる訳が無い。
「百年もあれば、地球の人々は対抗策を考え出しますよ。飛行機を発明してからジェット機が飛ぶまで五十年もかかってないんですからね」
『ジェットはそこまで凄いものかの? 人の一生の間の技術革新としては大したものか。やはり地球は面白い』
神様になったといっても、地球の全てがわかる訳じゃないみたいだ。グラさんに全知全能は似合わないな。それって面白くないだろうし。
「でも、百年も戦争を続けていたら、一生平和な時代を知らない人だって出て来るじゃないですか。それはちょっと悲惨だな」
『なあに、地方によっては毎年水争いが起きたりするじゃろう? ああいうのもよく人死には起きる。戦と変わらんわい』
凄いなこの世界の農民。
貴族同士の戦争でも、武術の試合みたいなのが多くて、そういうのは双方手加減できるのでむしろ死者は少ないらしい。
ガチバトルになるとそうも言っていられないようだけれど、それでも近代戦に比べれば死傷者は桁違いだ。
最も人が死ぬのが、勝敗がついた後の追撃戦や、降伏した者の処分だそうだ。負けたらなりふり構わず逃げるのが生き延びる道か。
金田や須田がやらかしまくったせいで、この世界の戦争の流儀もいろいろ変わっちゃったんだろうなあ。近代戦の概念を持ち込んじゃったかもしれない。
「なんかクラスメイトがいろいろすいません」
『何を謝ることがある? この世界の人間は、お前さんの国の者達ほど戦への忌避感は無いのじゃ。飢饉になれば村ごと全滅など良くあること。常に死が身近にあるんじゃな。飢え死により戦死の方がなんぼかマシじゃもの』
ああ、なんとなくわかるよ。この世界に召喚されたばかりの時、生まれて初めて本当の飢えというのを知った。ひもじくて、みじめで、いっそ死んでしまいたいとさえ思った。
「地球じゃ飢えることなんて考えられませんでした。少なくとも僕の国ではそうでした。地球全体では食料生産にかなり余裕があったので、飽食と言っていい程でした」
悪ガキどもが給食のパンを投げ合っても、教師はそれを笑って見ていた。何かが変だとは思っていたんだよ。本当に飢えたことがあれば、食べ物を粗末にしてはいけないことはすぐにわかる。恵まれ過ぎるのも恐ろしいことなんだ。
『おぞましい理想郷か。儂が地球の神なら天罰を下すところじゃが……ああ、そういうことじゃったか』
「そういうことって、どういうことです?」
グラさんは思わせぶりなことを言うだけ言って教えてくれなかった。神様ってのは身勝手だ。まあ、グラさんは生前? からわりとやりたい放題だったけど。
きっといろいろ自分で考えろってことだろうなあ。おなら作戦第二段でも考えるか?
「兵站の重要性を理解していなかった? お前らそれでも軍人か?」
「お許しください勇者様。略奪しようにも奴ら食料をほとんど置いとらんのです。普通は一年分は備蓄しておくのが常識なのですが」
「おそらく飢饉なのでしょう。ここは一度兵を引き、豊作の年を狙って侵攻すべきかと」
勇者須田の顔が醜く歪む。馬鹿を相手にするのはもううんざりだ。
「バーカ、何が飢饉だ。流通の問題なんだよ。いつでも新鮮な食料を世界中から買えるんだ。わざわざ備蓄なんかするかよ」
「まさかそんな、あり得ない話をされても困りますなあ」
一瞬、殺意にまかせて馬鹿を消し炭に変えてやろうと思った勇者は、しかし鋼の忍耐力で自制した。
「もういい。転移門の守りだけ残して雑魚兵は撤収だ撤収。少数精鋭、聖鎧のみで大国を落とすぞ。丁度いいカモを知ってるんだ」
「大国、でありますか?」
「そうだ。人口は約一億人。食料なんぞ、その辺のコンビニにいくらでも転がっているからな。当然、兵站の心配もない」
「一億とは豪気ですな。話半分、いや、実際には百万程度だとしても、超大国です。いくら相手が弱くとも、百年戦争になりますぞ」
数字に強い部下がしたり顔で言う。他の者には億などという単位は理解不能だった。
「百年? いや、三日だ。三日で終わらせよう。ゲームってのは、縛りプレイで面白くなるもんだ」
勇者須田は不敵に笑う。無敵となった彼にとっては、現実世界もゲームと変わりなかった。