覚醒者
「マジかよ。さすがに死ぬかと思ったぜ」
立ち昇るキノコ雲を見上げる勇者須田。膝がガクガク震えて止まらない。
「勇者マジすげえ、マジですげえわ。核より強いとか無敵じゃないか。世界最強か俺」
喧嘩ばかりしている連中を馬鹿だと思っていた。その認識は今も変わらない。勝てれば気持ちいいが、奴らは自分より強い相手にぶつかる可能性を忘れている。弱い者を狙って喧嘩してるんだろうが、窮鼠猫を噛む。戦力差はナイフ一本で覆るのだ。
調子に乗るのが許されるのは、勇者という絶対強者のみだ。
そして、地球においても勇者は最強のようだ。核兵器を中位魔法感覚で跳ね返せるのだから。
「あ、そうだ。放射能とかそういうのがヤバイかも」
そのことに思い至ると、急に不安になってきた。
周囲を見回すと、神官達が陣地に浄化の結界を張っている。
「何をしている?」
「あの伝説の武器は良く知られております。降って来る死の灰の毒を浄化せねばなりません」
「え? 浄化魔法で放射能的なやつが消せるのか? 魔法って凄いなおい」
見上げれば有害物質は光の粒子となって消えていく。まるで蛍の乱舞だ。
「はは、アーッハッハ。無敵だ。本当に無敵だ。本気で世界征服でも狙ってみるか」
戦闘においては地球軍など敵ではなかった。戦車も、戦闘機も、ミサイルも、異世界の騎士や魔法使いにはまるで歯が立たない。核ですら防げるのだから、勇者須田がその気になるのも当然だった。
だが、連戦連勝を続けるうちに、異世界軍の思わぬ弱点が露呈することになる。慣れないジャングルでの行軍に、道に迷う部隊が続出したのである。
特に、輜重部隊が行方不明になると、全軍の補給に深刻な影響が出た。
結局、勇者の快進撃は兵站の問題で早々に頭打ちとなるのだった。
「覚醒者に関するレポートは読んだかね? ウェルズプロジェクトは一時凍結だな」
米国、東海岸の某所にある白い家では、有識者達による非公式のミーティングが行われていた。
ブレインストーミングを口実に、危ない意見も飛び交う。
「まさか異世界人の超能力が伝染するとは。超人部隊を編成するかね?」
「いや、今のところ奴らに対抗できる程の力はない、が、普通の人間にとっては脅威だ。実に厄介な問題だよ」
「異世界人の謎を解くいい研究材料じゃないか」
「力を持った者が従順とは限らない。人権とか気にせずやれる国が羨ましいよ」
「今は非常時だ。我が国においても超法規的措置をとることに問題はあるまい?」
「最近はすぐにマスコミにリークされるんでね」
「なあに、そうなったら覚醒者への恐怖を煽ってやればいい。実際すでに凶悪犯罪が多発している」
「コミックが予言の書になる日が来るとはな。正義のヒーローはいないのか?」
「力を手に入れた連中が振り回すのは自分達の身勝手な正義だよ。つまり覚醒者は全て悪人だ」
「お行儀のいい奴らには政府がお墨付きを与えてやればいい」
「政府公認のヒーローとして飼い慣らすわけですな。日本のアニメのようだ。なかなか面白い」
「日本と言えば、異世界に行った日本人が勇者になっているそうだな。一体どうなっている?」
「異世界勇者が日本人というのはアニメのお約束だよ」
「AHAHA! ジャップのトラックは特別なのさ」
アニメの話題で場の雰囲気が緩んだところへ、有識者の一人が爆弾発言をぶち込む。
「覚醒者は人間とは言えない。従って人権もない。死者と同じだ」
「極論だが、ヴァンパイアみたいなものだと考えれば間違いでもないのか」
「銃で殺せない超人との共生は、間違いなく困難だ」
「覚醒者となるのは数万人に一人か。現実的に考えれば、やはり排除するしかないのか」
「始末できるうちに始末すべきだ。異世界人と同じくらい成長してしまえば、人類の手に負えなくなる」
「少なくとも、悪人は早目に処分しなければ」
「善人と悪人をどうやって見分ける? 疑わしきは罰せよだ。覚醒者は全て排除すればいい」
「やるなら法整備と世論誘導を急がなければないだろう」
最後に一人が、ふとした疑問を口にする。
「果たして神は、それを御望みになるだろうか?」
「今は中世ではない。有権者には非キリスト教徒も多いんだ。配慮してくれないと」
「神は死んだ。神を冒涜する連中も皆死んだ。ニーチェの言葉だよ」
こうして覚醒者が迫害される流れが決まった。
貧弱な兵站により異世界軍の侵攻が止まったこともあり、地球側は覚醒者対策メインにシフトしていくのだった。