人を呪わば穴二つ
「臭いのだ。臭くてたまらずに覆い隠したのだ。政治屋どもはプライドをかなぐり捨て、自ら開いた地獄の門をヨーロッパ中のコンクリートで埋めたのだ」
うず高くそびえる白亜の塚を前に、中佐の階級章をつけた男が独り言ちる。
「はるばるミサイルを運んで来たというのに、※※※で※※※なフランス人どもが臆病なせいで、搬入できんとは」
「言葉を慎みたまえ、私の母方の祖父はフランス系でね。尊敬すべき軍人であった。それに食用ガエルは柔らかくてジューシーだよ。あれはいいものだ。食わず嫌いはいかんな」
食事の話が出たせいで、兵士の中には嘔吐する者が続出し始める。戦場の死臭の中で平然と食事ができるベテラン兵ですら、連鎖的に貰いゲロする大惨事だ。
「この酷い匂い、シャワーを浴びたぐらいでは取れないようです。ピレネーを超えた避難民達は臭いという理由で酷い扱いを受けています」
「何故それを早く言わん! 撤収するぞ。分厚いコンクリートに阻まれて作戦は実行不可能だ」
輸送艦に帰還した彼らは、その後文字通り艦内の鼻つまみ者になるのであった。
スカンクは、自分のおならが臭くないのだろうか?
結果的には、おなら作戦は大成功だった。宇宙服みたいなのを着ていた地球の人達は、皆逃げ帰って行った。おならの匂いに耐えかねたんだと思う。
人畜無害……いや、臭いから無害じゃないな。生命に別条はない筈なんだけど、それでも結構キツイ。
施設の調査をするつもりだったけれど、早々に諦めて退散する。
幸い、ガスマスク的な装備が相手でも、ある程度効果があることは確認できた。あとは匂いの持続力だな。
スーパーカメムシの匂いは二日程で消えた。今回使ったおならは中の上くらいの奴だから、もう少し持つだろうか?
匂いが消えた頃にまた彼らはやって来るだろう。今度はきちんと対策をして。
本格的なガスマスクがどの程度の性能なのかは分からない。毒ガスを防げるならおならだって防げるだろう。そうなったらいよいよ上級のおならを開放だな。閃いた、最強魔法はオナラズンと命名しよう。
空を飛んで戻る途中、そこはかとなく臭いのが気になった。無臭のおならバリアーで自分をカバーしていたが、ある程度匂いが貫通してしまったんだ。うっかりというか、おなら魔法を少し舐めていた。
南の海に寄り道して海水浴で身を清める。着ていた服は匂いが染みついて駄目だな。念のために焼却処分する。
素っ裸でしばらく泳ぐ。周囲に魚影はない。サメとかにおならが効くか試してみたかったのに。
無人島のビーチで体を乾かしていると、まだ少し匂う気がする。屋外でこれだと部屋に入るとヤバイ?
どうやら髪の毛にも匂いが染みついている。手っ取り早いのは坊主頭だけど、嫌だなあ。
臭い匂いを武器にして身を守る生き物は多い。肉が美味しいスカンクも、匂いのせいで肉食獣から避けられているという。あいつらって自分のおならが臭くないのだろうか?
ゴミムシの仲間は、飼育ケースの中でガスを出させると自滅する。人を呪わば穴二つ、まあ、ある程度の耐性はあるのかもしれないけど、無敵って訳じゃないんだ。
これは、調子に乗った自分自身への罰なのかもしれない。
思い切ってカミソリでジョリジョリ剃髪してみる。僕は髪型とかそんなに気にしないんだけれど、かなり悲しかった。
メスのような鋭いカミソリで、髪の毛を剃っているうちになんだか少し楽しくなってきた。ゆっくり注意深く剃っていくが、ミスしても多分肌に傷はつかない。レベルが上がって全身が強化されているので、髪の毛を切断するだけでも、カミソリにかなり魔力を持っていかれる。
万一切ってしまったとしても、治癒系のおならで完治するし。
頭がスッキリしてしまうと、煩悩まで綺麗に捨て去った気になるから不思議だね。まるで自分が徳の高い僧侶になった気分。気がするだけだけど。
駄目だ……まだなんか臭い。きっと肌にまで染みついてしまっているんだ。
これで一生匂いが消えないとかだったら絶望的だけれど、多分大丈夫、そのうち成分は分解すると思う。それに、皮膚だって毎日新陳代謝しているんだ。昨日の自分は垢になる。
全身にオリーブオイルと砂を塗り、あかすりでこそぎ落としてサッパリする。そして最後の手段が香水をつけて誤魔化すこと。名付けてバラの香り作戦。
香水もきつ過ぎるとおなら並みにヤバイけどね。
「ミー君何そのツルッパゲ? 罰ゲーム? もしかして失恋とか?」
案の定、真っ先に食いついて来た竹井。情け容赦ないな。変に気を遣われるのも困るけれど、こいつはデリカシーの欠片もなかった。
「私はいいと思います。清潔感がありますし、男らしいです」
セーラちゃんはいい娘だ。彼女にさえ嫌われなければ別にどうということはない。
「髪型はともかく、ローズの香りはいかがなものかしら? この世界にも男性用香水はあるでしょ?」
「バニラエッセンスが似合うと思うな。ミー君は砂糖とバターと小麦粉できているのよ」
女性が五人もいると、姦し過ぎる。言いたい放題だ。
そして竹井が無遠慮にペタペタ禿頭を撫でまわすと、他の皆も楽しそうに触って来る。セーラちゃんまで。
「それで、何があったんですか?」
「……戦いがあったんだ。人を呪わば穴二つ。これはその報いだ」
因果応報だ。他人にしたことは自分に返って来る。自分を戒めるためにも、頭を丸める必要はあったのかもしれない。
「穴二つってなんかさ、エロくない?」
「やだ竹ちゃん」
竹井の馬鹿は平常運転だ。馬鹿は後先考えない。思ったことをそのまま口にしてしまう。
竹井はまだ無害な馬鹿だ。正直者だと言えなくもない。
だが、世の中には後先考えずに暴力をふるうタイプの馬鹿もいる。須田は有害な馬鹿だ。ああいうタイプは罪の報いとか考えないから、力を持つと歯止めが効かない。
やっぱり神様は必要だな。信仰という手綱が無ければ無茶をする人間も、世の中には結構いるんだ。