屁のつっぱりはいらない
勝手知ったる砂漠の上を、低空飛行する。
地球軍はレーダーくらい持ち込んでいるだろう。嘘か本当か知らないけれど、ステルス戦闘機はレーダーでカブトムシくらいに見えると聞いたことがある。カブトムシが見えるなら人間も見えるんじゃないかな?
低く飛べばレーダーに映らないというのは、アニメでやっていた。ま、気休めかなあ。発見されたところで、銃で撃たれても平気なので困らない。
ただ、臭いおならを使う予定だから、正体がバレるとなんとなく恥ずかしいかも。念のために仮面をしている。仮面をつけると妙なテンションになるのは何故だろうね。
おならを流すなら風上から近づくべきなんだけれど、まったく風が無い無風状態だ。これはこれでガスが長時間溜まって都合がいいかな。
砂塵を巻き上げないように注意して着地する。地表にタイヤの跡が無数にある。異世界の雰囲気ぶち壊しだよ。
どこかに監視カメラとかセットされてるんだろうなあ。見つかったら見つかったで、強襲? おならテロ? 僕は人は殺さない。その嗅覚を断つ。
地球軍の基地は、まるで空港みたいだった。滑走路はまだ作り中らしくて、飛行機は見えない。
立ち並ぶ白い円筒形の建物は、燃料タンクかミサイルサイロか。四角いマークはどこかの国旗だろうか? ありそうな意匠だけれど心当たりはないなあ。少なくともスペインの国旗じゃない。
どうしてゲートがスペインに繋がったんだろうな? メキシコはまだわかるんだ。ピラミッドとかあるし、UFOスポットだし。だったら普通エジプトだろう? 世界一有名なピラミッドがあるんだし。
動いている白塗りのブルドーザーが見える。ヨーロッパ製なのかデザインがSFチックだ。月面基地とかで使われてそうだ。そういえば、人形劇の国際救助隊の装備もあんな感じだった。
運転手は宇宙服っぽいのを着ている。別の惑星なんだから、むしろそのくらいするのが当たり前?
こちらが向こうを見ているってことは、見られてるってことでもある。残念ながら光学迷彩のおならはまだ無い。
目に見えないパイプラインを伸ばしてガスを送り込むことはできる。
よし、少し遠いけれどおなら作戦開始だ。宇宙服なんて着てるんだし、かなりキツイやつから試してみよう。
子供の頃に悪戯をした時のように、ちょっとワクワクして来たぞ。
「なんか臭くないか?」
「この中に誰か屁をこいた奴がいる!」
狭い居住チューブの中でコーヒーブレイクを楽しんでいた作業スタッフの中から悲鳴が上がる。
「まあ、落ち着き給え、我々は選び抜かれたエリートじゃないか。オナラごときで騒いでいて惑星探査の任務が果たせるだろうか?」
「いや、臭いもんは臭い。ひでえや、チーズが腐ったような匂いだ。おまけにケミカル臭までしやがる」
「誰かさんは、腸内に深刻な疾患を抱えている可能性が高いわね。素直に名乗り出て健康診断を受けなさい」
言い争いをしている間にも、匂いはどんどん酷くなっている。
「こりゃたまらん。糞重いスーツを着ていた方がまだマシだ」
何人かは作業用のスーツを装着するが、悪臭は消えない。新品のフィルターに交換しても、しばらくするとそこはかとなく嫌な匂いが漂ってくる。
「駄目だあ! このマスクじゃ匂いは防げねえ!」
「装備方法が正しくないんじゃないか? 清浄な空間で装備しないと匂いがスーツに入り込んでしまう」
「嘘だろう! ただのオナラなのに!」
「オナラを馬鹿にしてはいけない。潜水艦でも宇宙船でもおならは大敵なんだ。だから消臭剤が発達した」
「そうだ! 消臭剤!」
床にシートを広げ、ビーズ状の強力消臭剤をザラザラとばら撒く。
「駄目だ! どんどん匂いが強烈になってきた!」
「おかしいぞ! 本当に人間のオナラなのか?」
「緊急事態につき撤収だ!」
幸い、地球への帰還は簡単だ。これが本物の宇宙船の中だったらと考えるとゾッとする。
「俺もう宇宙飛行士目指すのやめる。爺ちゃんのブドウ農家継ぐわ」
「それいいね。結婚しよう」
悪臭に心を折られたスタッフ達が地球へのターミナルビルに向かうと、すでに避難者でごった返していた。
「衛星打ち上げのスケジュールが遅れているのだ! サボタージュは許さん!」
警備員を引き連れた重役達が通路を封鎖していた。
「ふざけるな! 緊急事態だ!」
警備員達はサブマシンガンを携行していたが、銃口は下に向けている。
「国連がエイリアンの母星へ核の飽和攻撃を決定したのだ。一刻も早く施設を完成させなければならない。人類の未来は諸君らの活躍にかかって……うっ、臭い! なんだこの匂いは!!」
重役達が真っ先に逃げ出したので、続いて全員が逃げ出した。
数時間後、オレンジの香るアンダルシアのリゾート地は、阿鼻叫喚の地獄と化した。スペイン全土に拡散した異臭は、風に乗って地中海を渡りイタリアまで届いた。
異臭が人体には無害であると発表されても避難する人々が減ることはなく、ヨーロッパ南部は民族大移動の様相を呈したのだった。
震源地であるターミナルビルは、原発事故対応マニュアルに則り、決死隊によって分厚いコンクリートで封印された。
もはや核ミサイルの搬入どころではない。EU理事会は異臭事件を口実に、地獄の門と名付けられた転移門から半径30km以内を特別警戒地区に指定。一般人の侵入を禁止したのだった。