慣れていくのね
「地球が大変じゃのう」
グラさんが言うと、あまり大変そうに聞こえない。
「地球が大変ですか」
最初の頃は、悲惨な戦闘の話を聞くたびに胸が痛んだものだったけれど、毎日続くと段々と慣れて来た。
人間の心というものは、案外図太く出来ているんだろう。見ず知らずの人々の悲劇にずっと心を痛めちゃいられない、自分だってその日その日を生きて行かなくちゃならないからな。
「僕の心は死に慣れてしまったのかもしれない。頭で理解できても、悲しみが麻痺してる感じで」
「死は悲劇なんじゃろうか? 海の魚達は何万も卵を産むが、そのほとんどは子孫を残す前に死んでいくぞい」
「いや、人間を魚や虫と同じにしちゃ駄目でしょ?」
「何故じゃ? 人間はそんなに特別か?」
「特別なんですか? その、神様的には」
質問に質問で返すのは失礼なんだろうけれど、グラさん相手だといつものことだ。グラさんもそれを望んでいるふしがある。
「そうさのう。神々は時に冷淡じゃと思っておったが、自分が神になってわかったことは、生きているとどんどん死ぬのう。どんどん死んでどんどん生まれてきおる。魚も虫も人も皆同じ、こんなものをずっと見ておったら、そりゃあ超然としてくるじゃろうて」
なるほどね。悟りを開こうとか別に努力しなくても、神様になれば勝手に悟っちゃうんだ。
辛い修行を続けている修験者の人達はご苦労様だな。
「それでも、中には熱い神々もおるようじゃのう。この世界の者達が侮られぬよう、どんどん強力な加護を与えておるわい」
「え、あれって加護だったんですか? てっきり装備ボーナスかと」
そういえば、イステアとかは良く神に祈っているよ。あれは信仰心というより習慣な気もするけど。
「加護も呪いの一種であろうよ。有益か有害かの違いよのう」
僕のおならも呪われているのだろうか? くれたのはおならの神様?
「つまり、この世界の神々が侵略して来た地球人を罰しようとしている? 世界の修正力的なアレですか?」
「うむ。面白そうな暇つぶしを見つければ、普通遊ぶじゃろう?」
「え? 面白半分ですか?」
「蟻の戦争を見つけたら、観察するのは面白かろう? 儂ならただじっと見守るが、どちらかに加勢したり、引っかき回したり、まとめて洗い流したり……まあそういうことじゃ」
蟻のたとえ話は分かり易いけれど、実際には人が蟻のように殺されていくんだ。
みんなまとめておならで無力化してみるか? 殺傷力はないが、人間を廃人にするくらい臭いおならだってあるんだ。普通のおならなら慣れれば平気になるものだけど、一度嗅ぐと臭気が無くなってからもずっと臭く感じ続けるヤバイのも用意した。
カレーを食べる時もおならの臭いがするとか、うん、まあ、死にたくなると思う。
非殺傷兵器だからって、甘くは無いんだ。
「文化の違いで正義の境界線が揺らいでおる。下手に関わらん方がいいじゃろうて」
あー、こっちの武人って、敗者に情けをかけるために殺しちゃうからなあ。戦いに加わらずに農作業していれば殺されないルールがあるみたいだけれど、地球の国際法とは全然違う。話は通じないよなあ。
「ワープゲートが開通した先って、メキシコ、カンボジア、スペインの三か所ですよね。スペインとはまだ戦争が始まっていないんでしょう?」
「こちら側が砂漠じゃからのう」
良く竜骨を拾いに行ってたから場所はわかる。そういえば、なんか怪しげな遺跡があった気がする。大魔王でも封印してるんだと思っていた。
よし、スペインの人達には平和裏にお帰り願おう。砂漠だし、臭いおならを使うには丁度いい。
最初はちょっと臭いくらいのから始めて、帰らないようなら徐々に酷いやつにしていこうか。
神々の視点からみれば偽善かもしれないけれど、悲劇の三分の一を防げるなら何もしないよりはいいかもしれない。