メヒコは燃えているか
地球へのワープゲートが領主に見つかってしまった。猟師の誰かが、小銭欲しさに情報を売ったんだ。
その結果、多くの人命が失われるとか、想像も出来なかったとは思うけど、困ったことをしてくれたよ。
ご褒美に金貨三枚貰ったその男は、仲間達に奢らされて一晩で全部飲んでしまったみたいだ。おかげで世界が大ピンチだ。
領主は地球に攻め込むつもりらしい。竜骸を何体か所有しているようで強気なんだろう。
この世界では最強クラスの兵器だけど、ミサイル一発でバラバラなのにな。あー、レベル補正でどの程度耐えられるのかな?
意外なことに、領主嫌いなイステア達がノリノリだ。
「いや、わざわざこっちから攻め込む必要はないんじゃないかな?」
「でも師匠、勝てる戦をしないのは愚かですよ」
「どうして勝てると思うんだよ?」
「領主の使者が言ってましたよ。敵は凄く弱いって」
いやいや、まだ誰も向こうに行ってないだろう。そりゃあ、敵が強いですとか言ったら兵は集まらないだろうから、適当なことも言うだろうさ。
「その辺、少しは疑おうよ。下手したら死んじゃうんだよ」
「誰でも一度は死ぬんです。恐れていては何もできません」
「この辺りの村が自治を認められているのは、昔、竜骸で戦ったからだしねえ」
アイナ婆さんまで、戦争には反対じゃないみたいだ。
あれれ、おかしいぞ。こんな時って、女性や子供や老人達は悲嘆にくれる筈なのに。何故かお祭り騒ぎだ。
文化が違う? 魔族は戦闘民族だったのか? いや、でも、亡命三人娘は人間なのに、むしろ一番やる気になっている。
「戦で手柄をあげてしまえば英雄ですからね。勝者は何をしても許されるんです。もう肩身の狭い思いをしなくて済みます。負け組脱出です」
いやまあ、分からなくもないけれど。そうやって一発逆転を狙うのは、ますます負けがこむパターンな気もする。
「僕はただ、みんなに危ないことをして欲しくないだけなんだ。攻められたのならともかく、わざわざこちらから攻め込むのは良くないよ」
「こんな小さな村じゃあ、攻め込まれた時には終わってますよ」
「先手必勝。それで負けるんならどのみち侵略されて終わりです」
「心配してくれるんなら嫁にもらってよ。そしたら戦わなくて済むし」
うーん、この世界の常識だと、やられる前にやれってことになるのか。相手がアメリカ軍なら、そこまで野蛮なことはされないと思うけど。ああ、でも、相手をボコボコにしてマウントを取った後、優しく手を差し伸べて友好するのがアメリカ流だって、ハリウッド映画でアメリカ人が言ってたかも。
「あれ? 戦を仕掛けるとして、責任者は誰なんだろう? 領主? 正式な召集令状とか貰った?」
「そういえば、使者の人は何も持ってなかったねえ」
「王様に無断で、一領主が勝手に異世界に戦を仕掛けていいのかなあ? 何かあったら責任問題になるよねえ。下手すると責任を全部押し付けられちゃうかもしれないよ?」
この世界でもトカゲの尻尾切りは良くあるみたいだ。イステアもその可能性は理解できたのか、急にテンションが下がる。
よし、説得成功。皆の参戦は食い止めることができた。
「また使者が来たら、国王様の許可がちゃんと出てるか聞いてやりゃいいんだね?」
「さすが師匠、頭いい」
「だから、みんなまとめて嫁に貰ってくださいよー」
空島は男女の比率に大きな偏りがあるから、女性の移民は大歓迎だけれど、僕はまだ結婚とか考えていないからね。婚約者はいるけれど。
セーラちゃんがいつも楽しそうにしているもんで、皆勘違いしてるだろうけれど、僕と結婚したって毎日プリンというわけじゃない。最近はアイスとかスイーツの種類も増えたから、ローテーションでなかなか回ってこない。
スキヤキも十日に一度くらいだし……食生活に関してはかなり恵まれているか。別に僕と結婚しなくても、空島で働いてくれれば普通に食べられるよ。
ちょうどその頃、領主軍はゲートになだれ込んでいた。虎の子の竜骸を地球側に突入させ、鉄筋コンクリート製の構造物をあっさりと破壊していく。
続いて領軍500が突入。待ち構えていた米海兵隊と激しい戦いになるも、一方的な蹂躙劇となる。
結局、領軍側に治療魔法で回復できないような重傷者は一人も出なかった。反撃が下火になると、領軍の兵達は戦場のしきたりに則り、負傷兵が苦しまぬよう、剣の一撃で心臓を貫いて回る。
その際に戦利品の回収も忘れない。硬貨を所持している兵は稀だったが、兜や靴はなかなかの上物で、ナイフを所持している兵は大当たりだった。
一方で海兵隊の兵士達は恐怖でどうにかなりそうだった。敵は銃弾をいくら浴びせても倒れないバケモノだ。グレネードランチャーをぶち込んでも、いたずらに味方を巻き込むばかりで、奴らはすぐに起き上がって来る。
RPGの世界から出てきたようなバケモノ達は、有色人種ではなく、白人ともかなり違った。頭に角がある者が多く、槍や剣、弓矢で武装している。
言葉は通じず、降伏しても容赦なく殺される。生き延びるには逃げるしかなかった。メキシコシティの人ごみの中へ。
敗残兵が民間人の中へ逃げ込んだことが、悲劇のきっかけとなった。
追撃する領軍は、槍をふるい、手当たり次第に人々を打倒していく。女性であろうとまったく容赦はないが、唯一幼い子供達だけは見逃された。
「疫病神め! 奴ら一体何をしでかした!!」
米軍の強引な進駐にあらゆるチャンネルを使って抗議を続けていた市長は、予想外の事態に頭をかきむしることしかできなかった。
国家も、メキシコ軍も、国連も、超大国のわがままの前には無力だった。遺跡の保護とやらに乗り込んで来た海兵隊員達の態度が紳士的だったのが、まだ救いだった。今後の交渉次第では、彼自身にも多額の袖の下が流れて来る可能性も見えてきた。それなのに。
「まさか、アステカ時代の遺跡から、悪魔を召喚したとでも言うのか……」
この近代的な都市の下には数多くの遺跡が残っており、中には物騒な曰くつきのものもある。
海兵隊のヘリが地上を機銃掃射しながら、大通りを低空飛行していく。市長の目には見えなかったが、一本の矢がヘリを打ち砕き、ビル街へ叩き落とす。阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
「終わりだ。せめてこの都市と運命を共に……」
脱出を諦めた市長は、ガランとした市庁舎の中、最後までたった一人でネットに配信を続けた。
生前は黒い噂の絶えない男であったが、人生の最後にとった英雄的な行動によって、彼は偉人として人類史に刻まれたのだった。