雷は人類に放たれた
「えーと、入ってすぐの所にアンテナっぽい機械があります。白い病院? ラボっぽい建物の内部で、新築物件みたいです」
羽山が操るハエから、異世界ゲートの向こう側の情報が送られてくる。なんのことはない、やってることはドローンを飛ばしてこの世界を偵察してる連中と大差ないよ。
武装ドローンとは違って攻撃手段は持たないけれど。いや、ハエについているバイキンとかは下手するとヤバイかもしれない。
一匹のハエが原因で地球人類に大きな被害が出る、なんてことは有り得るだろうか? 可能性はゼロじゃないな。
「あ、ビニールのカーテンで密閉されていて、ハエじゃこれ以上は進めないかも。ゴキちゃんで出直します?」
羽山も随分逞しくなったな。ゴキブリとか平気になったし。
「いや、カーテンって手術で使う無菌室みたいなやつ? 異世界からのバイキンの侵入にちゃんと対策してるんだな」
「ゴキちゃんならビニールくらい食い破れるよ」
「いや、そこまでしなくても。あっち側に人はいないんだね?」
「人はいないけど、監視カメラが一杯。あと、標識が英語」
アメリカ軍かな? 映画とかだと大抵は正義のヒーローで、たまに極悪非道な悪の組織だったりするな。
まあ、人間の組織だし、実際には善人も悪人もいるんだろうけど。
米軍かどうかは知らないが、武装ドローンで狩人達を攻撃している時点で、どう見ても正義じゃない。
僕があっち側に行って確かめてもいいんだけど、監視カメラは嫌だな。トラップとか普通にありそうだし。
金属を侵すおならを流し込めば、機械を無力化することはできるけれど、人間にも毒性が高いんだよなあ。
殺傷能力のない奴だと、超臭い系のがいくつかあるけれど、機械には効かない。
スカンクに似たモンスターのガスは、熊が気絶するくらい臭い。それよりさらに臭い幻のカメムシの匂いも、再現に成功している。
あのカメムシを養殖して、羽山に操ってもらったら、最強軍団の出来上がりなのにな。たった一匹でもワシントンを人の住めない……住みたくない都市に変える能力を持ってるからな。
まあ、今日のところは臭い系は止めておこう。切り札は最後までとっておくものだ。
これ以上ドローンを送り込まれても困るので、後で赤松に結界で封印してもらおう。
ジャングルの木々を掠めて、黒の騎士団の聖鎧が編隊飛行する。勇者の魔王討伐を支援すべく、急遽馳せ参じたのだ。
魔大陸への侵攻は急遽中止になった。異世界の魔王こそが真の敵であると勇者が宣言したからだ。
実際、村を襲撃されて実害も出ている。それに、異世界の軍と戦う際には強力な勇者の加護が発動する。ならば、間違いなく倒すべき敵なのだ。
『敵兵は皆緑色の汚らしい服を纏っています。甲冑の騎士は皆無です』
『ゴブリンの亜種であろうか? 魔力が勿体ない、剣で片づけるぞ』
銃や携帯ミサイルによる攻撃は、聖鎧にはまったく効果が無い。勇者の加護を確信した教団騎士達は、敵を取り囲むように着地すると、剣や槍で蹂躙していく。
『なんだこいつら、ゴブリンより弱いぞ!』
『気を抜くな! 勇者様の加護が切れたらどうなるかわからんのだ』
逃げようとした装甲車に初級の火魔法を放つと、それだけで大炎上する。
『なんでこんなに燃えるんだ? 勇者の加護すげえ』
『加護の力が良く分からんのだ。むやみに魔法を放つな! 味方を巻き込むかもしれんのだぞ』
隊長の言葉に慎重に立ち回るも、相手が弱過ぎてあっという間に片付いてしまう。ゴブリン以下の脅威であった。
敵を皆殺しにした後は戦利品の回収が戦場の流儀。騎士達は聖鎧から降りて死体を漁り始める。
見つけた財布から貨幣を回収すると、紙幣と財布は炎の中に放り込む。スマホを見つけた者はしばらく弄り回していたが、金になりそうにないと思ったのか、やはり火にくべた。
「見た目は反乱軍が使ってた銃より上等そうなんだがなあ。威力がまるで駄目だ」
騎士の一人が拾った銃の引き金を引くと、足元の地面が弾けるように吹き飛んだ。
「危ねえ! 殺す気か!!」
「おい! この銃は凄いぞ! 我々が勇者様の加護で護られていただけか」
騎士達はこぞって自動小銃を拾い集め始める。試射を繰り返すうちに、弾丸の詰め方もすぐに理解できた。
「よし、次はこの銃を使ってゴブリン軍を空から蹴散らすぞ」
新しいオモチャを手に入れた子供のように、騎士達は嬉々として新たな獲物を探しに飛び立つのであった。
勇者須田のいる本陣には、遠距離からのミサイルが降り注いでいた。被害らしい被害は無いものの、かなり鬱陶しい。
たまりかねた神官の一人が呪い返しの結界を張ると、しばらくして攻撃がやむ。
「要はリフレクト系の魔法なんだろうが、なんでもありだな」
須田にとってもこの手の魔法は天敵といえる。不用意に強力な魔法をぶっ放すのは止めようと自戒するのだった。
「ゴブリン達の武器が優秀だと? 地球人はゴブリン扱いかよ」
地球人を馬鹿にされるのはなんとなく気に入らない勇者須田だったが、それより武器の話が気になった。
試しに銃を手に取り撃ってみると、木々がはじけ飛ぶように倒されていく。
「ほう。明らかにおかしな威力だな。さすが勇者の加護というわけか」
ロケットランチャーをジャングルに撃ち込むと、クレーターが生まれる。
「引き金を引くだけで加護が乗る仕様か。俺が核ミサイルの発射ボタンを押せば、どこまで強化されるんだろうな?」
核実験でいいから、一度は試してみたいと思う須田だった。
「いいか、おまえら。俺様の加護がある限り戦いにおいては負け知らずだ。だが、大変なのは戦後の統治だ。なにしろ百億人近くいるからな」
「我が軍は……最大でも十万動かせるかどうかですな。まあ、勝てるなら統治などなんとでもなります。まずはゴブリンどもを半分程度に間引きましょう」
恐ろしい連中だな、と、自分のことは棚に上げて須田は思う。
だがまあ、自分の手を汚したい訳ではない。しばらくはこいつらに任せて高みの見物でいいか。
占領の過程で気に入らないことがあれば、敵味方問わず正義を執行してやる。それが神に等しい勇者の特権であり、義務なのだ。
「地球よ、地球人達よ、裁きの時は来たぞ! さあどうする? せいぜいあがいて見せろ、目覚めるがいい」
そう呟く勇者の声には、微かに迷いが混ざり始めていた。