俺様は勇者である
勇者は激怒した。
侵略者達が幼い子供達を連れ去ったと聞かされたからである。
「無垢な子供達を攫うとは! 絶対に許せん! 私自ら取り戻しに行く!」
「ガキどもの心配してくれるのはありがてえですが、焼け出されたオラ達にもお恵みを」
村長らしき男が、愚かにも勇者の逆鱗に触れる。
「無価値な年寄りが何を言うか! いいか教えてやろう。大人達は全て汚れている。中でも老人は醜い汚物の塊、老害だ。過去の遺物に過ぎないのだよ。子供達こそが世界の未来、故に絶対正義なのである!!」
村人達には須田の言葉はほとんど理解できないが、偉い人が言うならそういうものかと黙って聞いている。
確かに子供は大切だ。子供達を連れ戻してくれるなら、文句のあろう筈もない。
「よし、お前。残敵掃討の指揮をとれ。俺への忠誠心が高ければ、勇者の加護で強化される。負けはない」
いきなり勇者に指名されたお供の騎士は、それでも一瞬で頭を働かせる。
勇者の加護のせいか、敵はとんでもなく弱い。それに戦利品は巨大な鉄塊や精緻な銃だ。商人に買い取らせれば、人の体重程の鉄で金貨一枚にはなる。
ざっと見渡せる範囲だけでも、破壊された数十両の戦車が転がっていた。戦車など初めて見た騎士は、木製の車体に鉄張りしたものだと思っていたが……
「お前はついて来い。伝説の勇者の戦いの、見届け役となるのだ」
同僚の役得を羨ましく思っていたもう一人の騎士は、成り行きで地球までついて行く羽目になった。
それはそれで悪くないお役目だ。無事生きて帰れるとしたら、勇者のついでに歴史に名が残るかもしれない。
『向こうの世界は見えないのか。よし、お前、先に行って様子を見てこい』
勇者の無茶ぶりにも、素直に従う騎士。戦場では珍しくないことだ。
虹色に輝く『門』を抜けた途端。四方八方から集中砲火を浴び、慌てて引き返す。
「待ち伏せか。やることがセコイな」
門を抜けて来た砲弾が周囲で炸裂した。威力は無いが、勇者須田はちょっとビビったのだった。
『勇者様の加護のおかげで無傷ではありますが、気持ちのいいものではありませんなあ』
『やられたら百倍返しだ!! 勇者にたてつく馬鹿どもは万死に値する!』
勇者は門めがけて手当たり次第に魔法を叩きこむ。MPが半分程になる頃には興奮も収まり、飽きてしまったので攻撃を止めた。
やはり地球側が見えないのは面白くなかったらしい。
『どうなったか、もう一度見て来い』
再びおっかなびっくり門を超える騎士は、変わり果てた有様に目を見張った。焼き払われて更地になった山林。地形そのものが歪んでしまっている。
敵どころか、生きているものが見当たらない。
「ククク。ついに俺様の真の力が覚醒したようだな。雷魔法は電気であって電気ではないということか。落雷のイメージを具現化した力だ。ゼウスやトール、インドラの力だ。つまり、我こそが二つの世界の神になる!!」
高空を飛ぶ飛行機を目ざとく見つけた須田は、すかさず雷撃を放つ。一瞬で爆散する機体。
「ザコめ、地味な花火にしかなりゃしない」
『あの、勇者様。攫われた子供達を救出するのでは?』
『よし、お前探してこい』
もしかすると子供達まで巻き込んでしまったかもしれない。そう思い当った須田だったが、すぐに気にするのを止める。
だとすれば攫った奴らが悪いのだ。仇は必ずとってやる。
「あいつらどう見ても軍人だからな。よし、軍人は悪だから皆殺しにしてやろう。それで地球も平和な世界になる」
彼には大国を乗っ取った成功体験があった。ホワイトハウスにでも乗り込んで、逆らう奴はワンパンしていけば、そのうち権力者達の方から媚びを売ってくるようになるだろう。
なにしろ勇者は不死身なのだ。暗殺など不可能。そりゃあ、核兵器とかちょっと怖いけれど、大統領や議員達を近くに置いておけば無茶はできまい。
「考えてみれば、超大国っても大したことないよな。逆らう奴は皆殺しにして、従う者に飴を与えてやればなんとでもなる。中世でも現代でもそう変わりゃしないさ」
問題はホワイトハウスがどこだか分からないことだ。
「ワシントン行きの航空券が必要だな。聖鎧はロボっぽっくてハッタリにはなるだろうが、ぶっちゃけ戦闘力は大したことないし。ジェット機よりかは遅いだろうしな」
それとも、しばらくは騎士団を率いて『門』周辺の軍隊を蹂躙してみるか? 戦車があれで全部ってことは無い筈だ。
どこの国かはわからないけれど、見せしめに滅ぼしてしまうのもいいかもしれない。とにかく、最初に力関係をしっかり示す必要がある。中世風異世界だと舐められたら負けだ。
「いっそ、あいつらに全部任せてみるか?」
騎士が戻って来るのを待ちながら、須田は考える。
宗教騎士団が占領地で相当にエグイことをするのは知っている。ただ圧倒的な力を振り回す彼とは違い、暴力と恐怖から救済へと巧みに導き、宗教へ依存させてしまう手際は実に見事だ。
須田としては子供達だけを残して地球をリセットしてしまいたかったのだが、大人がいなくなれば子供も生きてはいけない。
「理想の世界を創造するのも、なかなか難しいもんだな。だけど、この悩みこそが素晴らしいパラダイスをいずれ産み出す原動力となるのだ。ヤバいって! 俺ってマジで神だよ」
この時、須田は軽いトランス状態にあった。そのために自分の妄想を、超自然的な啓示を受けたのだと錯覚してしまう。
はた迷惑な救世主伝説の幕開けであった。