開いた門
「その時イステア少しも慌てず。足元の小石を拾い上げ、空飛ぶ魔物にヒュウと投げつけ地に落とす! が、敵もさるもの、最後のあがきで怪しげな魔法を放ってくる! 咄嗟に籠手で防がなければ即死でしたよ」
興奮おさまらぬイステアが、もう三回目になる武勇伝を語っている。この勢いだとあと五回くらいは聞かされそうだ。
要約すると、近づいて来るドローンを見つけて石を投げて落としたら、機銃を掃射して来たので籠手で弾いて剣でトドメを刺したってことらしい。ちゃんと刺せてなかったけどね。
まあ、ドローンは生き物じゃないから死なない。パーツが多少壊れても、バッテリーを外さないと動き続ける。
「ホントだね、なんか魔法の跡がついてるよ」
皆がイステアの籠手をみて感心している。魔法の跡って……確かに丸い凹みが沢山ついているけど、機銃を弾いた? 嘘だろう?
騎士に憧れているイステアの装備は、見た目だけの安ピカ物だ。矢じりのついていない矢でも、易々と貫通してしまうだろう。
実際、自慢の籠手も指で押すとペコリとへこむくらい薄い。ジュースのスチール缶の方がマシなレベルでちゃっちい。
機関銃の弾だぞ? BB弾じゃないんだぞ? いや、ひょっとしてプラスチック製の弾丸だったんだろうか? 暴徒鎮圧用にそういうのがあると聞いたことがある。
「師匠、近いです」
ライルが抗議の声をあげる。あ、イステアが真っ赤になっている。
女子の手をとったりするのはセクハラだっけ? つい夢中で握りしめていたよ。慌てて籠手を放す。
「とにかくこのドローンじゃなくて、珍しい魔物はねえ。少し調べる必要があるので、しばらく預かります。いいね?」
イステアが素直に頷いてくれたので一件落着と思ったんだけれど……
「魔物を買い取ってくれるんだって?」
村の猟師が新たなドローンを持ち込んで来た。売ってくれるなら話は早いか。
財布を取り出すと、金貨と銅貨しかなかった。ドローンの値段ってどんなもんだろうな?
「今持ち合わせが金貨しかないんで、お釣りを……」
「おお! 気前のいい旦那だよ! 毎度ありっ」
金貨を一枚渡すと、猟師の男はドローンの残骸を放り出して逃げて行った。お釣りを払う気はなさそうだ。まあいいけど。
今度のドローンは完全に停止していた。ショートしている? 弓矢で撃ち落としたみたいだな。
金貨一枚は適正価格だろうか? ドローンっていくらくらいするんだろうね? 安いのは数万円で売ってるみたいだけれど、ああいうのは多分オモチャだ。こいつは結構本格的だ。バッテリーだけでもズッシリ重いし、カメラもなんか高そうなのがついている。何より機関銃がついている。もしかしなくても軍用?
梅木さんが、金貨が二十万円以上で売れたって言ってたけど、このドローンはそれ以上するだろう。壊れてるけど。とりあえずインベントリに収納する。
インベントリに銀貨の入った壺を入れた覚えはあるんだ。絶対にどこかにある筈なんだけど、普段出し入れしないものは簡単には見つからない。
インベントリは便利なんだけどなあ、成長して容量が増えるだけじゃなく、検索機能とか追加されればいいのに。
「空の魔物を金貨で買い取ってくれるってのはあんたかい?」
え? さっきの男の仲間かな? ドローンを背負ったオジサン達が次々に訪れる。
「え? ドローンどんだけ?」
地球から送り込まれているのは間違いないとしても、この数はおかしくないか?
温泉宿の庭先に積みあがっていくドローンを、イステアが複雑な表情で見ていた。
「報告します! 銃で武装した集団がウルナの村を襲撃しております」
「銃だと? またあいつら性懲りもなく」
勇者須田はマントを翻し、玉座から立ち上がる。丁度いい。彼は退屈していた。
飾り立てられた専用の聖鎧に搭乗し、案内の聖鎧二体を引き連れて塔から飛び立つ。
銃を作り出すチートか、クラスメイトの誰かの能力なのだろう。そういえば錬金術師のジョブを得た奴がいたかもしれない。名前も覚えていないモブキャラだった。どうせクラスの底辺連中だ。
しばらく飛ぶと、前方に黒煙が上がっているのが見えて来た。
『あれか?』
『は、はいっ』
『案内御苦労』
高度を下げつつ速度を上げる。
地上にはこちらに逃げて来る村人達が大勢見える。聖鎧に気づくと彼らは狂喜乱舞して手を振った。
「無辜の民を苦しめるとは、赦せないな」
勇者須田の正義の心が燃え上がる。
燃えている村に近づくと、予想外の物が見えてきた。あれは戦車か? 須田はミリタリー系の知識に詳しくは無いが、どう見ても地球の戦車だった。細長い大砲が一本、砲塔から突き出している。砲塔がついていない車両も混じっているが、そういう戦車もあるのだろう。
「銃の次は戦車かよ! ヒ、ヒ、ヒ、やってくれる」
戦車の大砲とか、凄く強いイメージがある。根は小心者である須田は、おっかなびっくり遠距離から雷撃魔法をぶちかます。
稲光が戦車を貫くと、大爆発して砲塔が空高く吹き飛んだ。
「戦車だって僕の敵じゃない! 僕の敵じゃないぞっ! 脆い、脆過ぎる! いや、俺様が強過ぎるだけかっ」
雷光で次々に戦車を薙ぎ払っていく。対空砲火による反撃が始まるが、須田の駆る聖鎧はまったくのノーダメージだ。魔法の障壁が全ての攻撃を防いでいる。
「ははっ! そんな武器で俺と戦うつもりか」
お供の二体の聖鎧も戦車への攻撃を開始する。火魔法で次々に焼き払っていくが、須田の雷魔法に比べて射程が短いため、須田以上に反撃をガンガン喰らいまくっている。それでもまったくの無傷だ。
「なんだなんだ? 見掛け倒しかよ?」
以前は火縄銃のような粗末な武器を相手にしても、聖鎧にそれなりの被害が出ていた。それが今は戦車軍団相手に無双している。
「あいつらのマジックシールドも強化されているのか? そうか! 俺様の、勇者の力が部下達にも恩恵を与えているんだな」
部下に獲物を譲るつもりのない須田は、先回りして車列を、兵士の群れを、雷で薙ぎ払っていく。
「無双ゲーより簡単だぜ! 裁きのいかづちを受けるがいい」
広域魔法によって、一瞬で数万の敵が消し炭と化す。
「兵隊どもが蟻のようだ! 奴らが悪ということは、俺が正義ということだ!」
『勇者様、こちらです。おそらくは転移門でしょう』
『何っ? 転移門だと?』
『何千、何万もの軍勢が突然湧いて出たのです。転移門しかあり得ません』
転移門とは、遠い場所へ瞬間移動できる門だ。須田にも心当たりはあった。ダンジョンではそういうギミックは珍しくはなかった。
部下達の隣に着陸すると、確かに虹色に輝く壁のような空間から、トラックが走り出して来るところだった。すかさず魔法で焼き払う。
『無限湧き状態か、これじゃあキリがない。そういや、転移門って消せるのか?』
『いえ、このまま門を固定して、あちら側に攻め込みましょう。異界の魔王を討伐し、世に平和をもたらす存在が勇者様です。約束された勝利への道です』
「魔王討伐か、そう、これだよ! やりたかったのはこういうのだよ!」
転移門の繋がる先が地球かもしれないことに須田は気がついたが、それがどうした?
戦車だろうが自分の敵じゃなかった。権力の座に偉そうにふんぞり返っている年寄り達は、まあ魔王みたいなものだろう。権力者は悪人ばかり、確かニュースでそんなことを言っていた。悪は全部倒してやればいい。
だいたい地球には人が多過ぎるんだ。気に入らない奴らを全て処分しても、十分すぎるくらい残るに決まっている。綺麗な世界を作るための大掃除だ。
そうか、そういう筋書きだったか。神はそのために自分を勇者に選んだのか。全てがストンと腑に落ちた。
これでようやく、退屈な日々とはおさらばだ。今日この日から、ワクワクの大冒険が始まるのだ。