今度は地球が大変だ
グラさんとゆっくり話がしたかったので、皆が帰った後も一人で残った。
グラさんも残ってくれた。別に神殿に住んでる訳じゃなくて、用事がある時だけ降臨してくれてるんだと思う。ここはいつも強風が吹いてグラグラ揺れてるから、住むのにいい場所じゃない。
『いや、わりとここに住んどるよ。せっかく建ててくれたんじゃし、ここからじゃと世の中のことが良く見える』
そうなんだ。
「あの、グラさん。僕の家族や、皆の家族も、人質にされてるんでしょう? 大丈夫かと思って」
僕は嘘つきだ。皆の家族といっても顔も見たことないし、本当に気になるのは自分の家族だけだ。
取り繕っても、神様は心の中までお見通しだろうな。
『人質というか、監視されとるのう。監視といえば防犯カメラという奴は随分凄い。全ての住民を四六時中機械で監視するとはな。しかも他国から』
防犯カメラって、今はネットワークで繋がってたんだな。梅木さん達がやたら早く見つかったのも、ネット上でAIに指名手配されてたからだろう。今は何でも検索で一発だもんな。
「おかしいですよグラさん。そんなに凄いなら、暴れたスパイ達だってすぐに捕まるんじゃ?」
『日本人は法律で自らの目も耳も塞いでおるようじゃのう。法を作った者どもは余程他国に支配されたかったんじゃろうて』
「ああ、大昔の戦争で負けた時に、占領軍が日本の法律を作ったんですよ」
『ふむ。異民族の支配などそう長くは続かん筈なんじゃが。宗主国が余程の善政を敷いたのか、植民地人が腰抜けじゃったか……地球は面白いのう』
グラさんは絶対いろいろ勘違いしてるな。どうやら異世界を覗き見できても、過去の歴史までは見えないようだ。
『安心しなさい。人質としての価値が高い程、簡単には危害を加えん筈じゃよ』
「だいたい、なんで人質なんですか? 秋山さんは何を言ったんだ! 国が自国民を人質にするなんて、そんなこと!」
『この世界に異世界召喚に手を染める王達が絶えぬように、地球の権力者達も未知の力を欲するのじゃろうて』
「いや、だって、地球には凄い科学の武器が山ほどあるんですよ。核兵器があればおなら爆弾なんていらないでしょうに」
『釣り合った天秤を傾けるには、砂粒一つあれば良いということじゃろう』
なんかそれっぽいことを言って誤魔化そうとしている? モリさん達が良くやる手だよ。
『いや、儂は神様じゃよ? まあ、一から説明するとじゃな。地球では、お前さんの言う凄い科学の武器で、国家間の戦力の均衡が保たれておる故に平和が成り立っておる。そこへ異なる世界から未知の理による力が紛れ込めばどうなる?』
「ああ、ちゃんと意味があったんですね。さすがは神様だ」
心優しい人達が、世界を平和にしているわけじゃないってことか。相手の頭に銃口を突きつけ合って保たれる平和なんて、そういうのはなんか嫌だな。
「地球は文明的だから、戦争なんて野蛮なことは起きないですよ。賢い立派な人達だって大勢いる筈なんだ」
『文明的になると喧嘩をしないのかね? そもそもそこが勘違いじゃろうて。喧嘩で武器を使うのを卑怯だと考える未開の部族は多いが、彼らの戦争では戦死者は珍しい。凄い科学で大勢殺す文明人と、どっちが野蛮なんじゃろうか』
グラさんは自問自答するようにそう言った。
そんなこと言ったって、この世界の人間は簡単に死ぬじゃないか。飢えて死ぬし、病気で死ぬし、簡単に戦争を始めて虐殺とかしまくるし。
そりゃあ地球の方が戦死者は遥かに多いかもしれないけど、人口が桁違いなんだから仕方ないと思う。
それに、戦う理由だって地球の方が立派だ。王様の権力欲とかじゃなく、侵略者から自由を守るために戦争するんだから。あれ? 本当にそうだろうか?
『儂の見るところ、どちらの世界でも人間のやることに左程違いがあるでなし。それ故に向こうの人間の考えることも読める。地球人も勇者召喚を試みるのではないかな?』
「いや、無理でしょう? だって、魔法とか無いし」
『凄い科学があるじゃろう? そして彼らは異世界転移が可能なことを知ってしまった』
科学で異世界転移? いやいや無理でしょ。
『儂に言わせれば、月に行く方が余程難しいのじゃぞ。コツさえ掴めば、こうヒョイって感じじゃよ』
グラさんが不思議なジェスチャーをするけれど、それで理解できるのは天才だけだよ。
「こっちの人が地球に召喚されたら、やっぱりチート能力に覚醒するんでしょうか?」
『するかもしれんし、しないかもしれん。例の勇者一人にこの世界が振り回されておることを考えると……』
家族の心配をしている場合じゃない? いや、家族は大事だよ。家族、友人、知人、知ってる人が傷つくのは許容できない。知らない国の知らない人達がどれだけ死んでも数字に過ぎないけれど、身近な人達はなんとしても護りたい。
『家族を犠牲にしても、見知らぬ連中を救おうとするのは偽善者じゃよ』
ああ、マザーテレサもそんなこと言ってたな。ちょっと救われた気になる。僕はちっぽけな人間だ。
「そうなると、科学者に異世界転移の秘密を知られたら、恐ろしいことになるかもしれません。これ以上地球に行くのは止めましょう。皆だって話せばきっと分かってくれます」
映画とかに登場する科学者の半分はマッドサイエンティストだ。実際は大半が真面目な人だろうけれど、そんな人は異世界の研究とかしないんじゃないかな?
各国が勇者……スーパーヒーローみたいなチート能力者を召喚しまくったら、地球は滅茶苦茶になる。
『賢明な判断じゃが、手遅れかもしれんのう。勇者召喚はこれまで何百何千と試みられて来ている。探せば地球側にも山ほど痕跡が見つかる筈じゃて』
なんだろう? この世界で何度も絶望感を味わって来たけれど、それ以上の恐怖を感じる。
地球が危ないから? 生まれ故郷がそんなに大事? 防げないならいっそ警告を送るべきだろうか?
地球側で勇者召喚が行われたら、強襲して最大火力のおならで焼き払う? でもそれってただのテロだよ。
結局、成り行きを見守るしかないのかな。
地球の権力者達がそこまで愚かでないことを祈ろう。何十億の人命を背負っている偉い人達が、危ない火遊びをする筈がないと信じたい。