異世界買い出し紀行
「梅姉大丈夫かなあ」
わりと地味な、手作り系ゴスロリファッションの赤松と羽山。二人が心配そうに立っているのは、いかにも怪しい雑居ビルの前だ。
時おり通り過ぎる人達が全て怪しく見える。
「金、プラチナ、高く買い取りますって書いてあるよ」
「多分嘘よね。高く買ったら業者は損するし。ただの謳い文句だわ」
そうこうするうち、ホクホク顔の梅木が出て来る。
「梅木さん、高く買ってもらえました?」
「ボッタくられなかった?」
「まあ、足元は見られたけど、金の価格が高騰してたからそれでもちょっとしたもんよ」
梅木は分厚く膨らんだ封筒をチラッと見せる。
「さあ買い出しよ。とりあえず普通の服に着替えないと、目立って仕方ないわ」
「ハロウィンは明日だったしね。秋山さんの時計も当てにならないなあ。私達、よっぽど待ちきれなかったと思われてるわよ」
実は時計に罪は無い。クリスマスイブと同じ原理で、仮装して騒ぐのもハロウィンの前日だと勘違いしていたのは梅木だ。
「いい生地で仕立てたから、いいとこのお嬢様っぽくは見えるんじゃないですか? 無理ですか?」
「無理じゃないかな? せいぜい、どこかのテーマパークのアルバイトってとこ?」
久しぶりの日本。異世界の服を着た三人は姦しく歩く。
最近では外国人も珍しくなくなったので、誰も気にしたりしない。
まずはデパートの婦人服売り場に向かい、どんどん大人買いしていく。
「男物とか買わなくていいんですか? ミー君とか来る時困るじゃないですか」
「そんなのユニセックスのジャージでいいのよ。男の子だって欲しい服は自分で選びたいでしょ」
「ミー君はお洒落に気を遣わないタイプだと思うな。私服姿見たことないけど」
試着室で買った服に着替えると、嵩張る荷物は赤松のインベントリに収納し、次は下着コーナーに向かう。
「お金が沢山あったら、お買い物は楽しいと思ってたんですけど」
「なんか作業感あるよね」
「今度またゆっくり来ればいいのよ。ミー君でも誘ってデートしたら?」
「戦いの予感しかしないわね。爆発しまくって怪獣映画みたいになるわよ」
「あ、なんか怪しい人達に囲まれてるかもです。キョロキョロしたら駄目ですよ」
羽山が支配下においた蚊やハエ達から、気配が伝わって来たようだ。
「もう時間切れ? まだ予定の半分も買ってないのに」
「レジで待ってる間に囲まれちゃうでしょうね。こんな時は逃げるが勝ちよ、撤退よ」
三人が異世界に帰還した数分後、作業服姿で双眼鏡をぶら下げた怪しい男達が、大挙して下着コーナーに押し寄せて来た。
「あの、お客様、困ります!」
男達は試着室のカーテンを荒々しく開け、傍若無人に女子トイレの中まで確認して回り、制止しようとする店員を突き飛ばす。
「警察を呼びますよ!」
「ワタシニホンゴワカリマセン!」
「日本警察は我々の味方だ!」
「中途半端に怪我をさせると後で厄介だ。死人に口なしってね」
下着売り場は流血の大惨事となった。
『それで、百人以上動員してターゲットを見失ったのか? 防犯カメラのデータは全て確認済みだ。暴れた馬鹿どもは日本警察にくれてやれ。余計なことを漏らすなら全員消してかまわん。留置所で首を吊るのは良くあることなのだ』
『そうだ。少なくとも三ヶ国の組織が現場に入り込んでいた。今どきの連中のやり方はクールじゃない、なりふり構わない力押しだ。幸い目標の確保には失敗したようだ。彼女らの家族の身辺警護を徹底させろ。日本の警察はボーイスカウトレベルだ。武装も貧弱で当てにはならんよ』
『マスコミに嗅ぎつけられただと? 何年政治家をやってるんだチミィ? 異世界利権なんぞいらんよ、客人に熨斗をつけて差し上げろ。おもてなしの心を知らんのか?』
各国の思惑が錯綜し、夕方のニュースではデパートで火災が発生したことになっていた。
『ということがあったのじゃ』
グラさんから話を聞かされて、皆が憤慨した。
特に、狙われて逃げ帰って来た梅木さん達はご立腹だ。
「下着売り場の店員さんに何の罪があるというの? こうなると知ってたら、あいつら全員やっつけたわよ
」
「外国のスパイが日本で暴れるのは、彼らにとっては仕事じゃないですか? 僕は放置してる日本の偉いさんが許せないと思う。裏切り者なわけだし」
神様視点からの個人的な感想だけどね。実際にその場にいたら、梅木さん達と一緒に戦っていたかもしれない。チート能力で勝っても、誇れるようなことではないけれど。
『地球の人間は、悪の報いを知らんのかのう? その辺をちゃんと教えるのも神の仕事なんじゃが』
「西洋でも日本でも、悪いことしたら地獄に堕ちるって言いますね。ああ、でも、最近は信じてる人は少ないかも。地獄って本当にあるんですか?」
『地獄は分かり易いたとえではあるな。真実は……そう、人間の身で想像する責め苦より、もっと酷いことにはなるとだけ言っておこう。だから良く生きなさい』
グラさんが神様みたいだ。まあ、神様だけど。
そうか、悪い奴がちゃんと罰を受けるなら、それはそれでスッキリするよ。被害者はヤラレ損じゃない?
「日本にいる家族に危害を加える奴がいるなら、あたしは地獄に堕ちようと戦う!」
赤松が勇敢だ。そうだな、僕も同感だ。ペナルティを恐れていては何もできない。
「それもこれも、元はと言えば秋山さんがペラペラ喋っちゃったからですよ! 反省してますか?」
羽山はちょっと強くなったな。
秋山さんが全ての元凶には違いない。異世界チート能力なんて、スパイ組織が物凄く欲しがりそうなネタを投下したんだ。そんなの争奪戦になるに決まっている。
悪気はなかったにしても、やらかしたことは最悪だよ。
「え? 私かい? 悪いこと考える悪党が悪いんであって、私は悪くないよ?」
「そんなこと言ってると、地獄に堕ちますよ。ね、神様?」
容赦ない羽山。ちょっと怖いくらいだ。
『そうさのう』
「えっ? 地獄は嫌だあ! 神様お救いください!」
秋山さんがみっともない。まあ、誰だって地獄は嫌か? 免罪符が売れる訳だよね。