白の騎士団
騎士ギャリバンは感動していた。
空を飛ぶ船。城のような、虫のような、見たことのない奇妙な存在。だが、突き出した旗竿には、確かにモリーエール卿の紋章と、白の騎士団の旗印が翻っていた。
モリーエール司教が引退して以来、上の連中は露骨に白の騎士団を使い潰そうとしていた。
魔界の最前線に送り込まれ、補給も増援もなく、無敵の聖鎧も次々に討ち取られていった。
魔王の軍勢に降伏することは、信仰を捨てるのと同義。退却は許されず、全滅は時間の問題であった。
せめて騎士らしく、誇り高い最後を迎えよう。悲壮な覚悟を決めた時に、現れたのが天の船だ。
伝説の中で竜骸と共に語られている天の船。それが現実に目の前にある。
砦に立て籠っていた兵達はまろび出て、地上に降り立った司教の前にひれ伏したのだった。
それからのことは、まるで夢の中の出来事であった。
周囲にはアーモンドの花のような芳しい香りが立ち込めると、負傷兵の傷は癒された。
飢えた者達に甘いスープを配って回る司教には、後光が差して見えた。
天の船は三隻あり、砦の残存兵の全てが乗ることができた。
最後まで残った八体の聖鎧は、立派な格納庫に収容された。
どうやら新天地には聖都以上の整備施設があるらしい。騎士ギャリバンは、もはや動かぬ彼の聖鎧からオーブを抜き取ると、最後の船に乗り込むのだった。
「全員乗ったか? 忘れ物はないか?」
モリーエールの副官が点呼をとっている。直属の上司では無いので言葉を交わしたことはないが、顔に見覚えがある。
せめてもう少し早く来てくれていたら、倍の兵が助かったのに。騎士達は、散っていった仲間達を思い出し、復讐を誓う。
ふいに先頭の船から、炎が柱となって地上に吹き付けられる。
たまたま窓の傍に立っていたギャリバンは、その一部始終を目撃してしまった。
まるで御伽噺の竜の吐息だった。生きているように伸びる炎が、さっきまで彼らがいた砦を、乾草のように焼き尽くしてしまったのだ。
「神話の時代に悪魔の軍勢を滅ぼした天の火だよ。モリーエール様がその気になれば、聖都などこの地上から消えてなくなるのだ」
副官が勝ち誇って叫ぶ。驕り高ぶるその態度は見苦しくもあるが、自分ではなく上司を褒め称えているのがまだ救いだ。
「お待ちください! 聖都には我らの家族が人質に……」
「狼狽えるな。聖都の者達は目があっても見えず、耳があっても聞こえぬ。お前達が魔王軍に焼かれたと勝手に思い込むだろうよ。家族は人質から解放されるだろう。戦死者の遺族に理不尽な真似をすれば、従う者はいなくなるからな」
なるほど、そういうことか。魔王軍の方も、一夜で砦が焼失したことを知れば、疑心暗鬼に陥るだろう。
「問題は、あの勇者めがそこまで考えるかということです。最近はすぐに癇癪を起して暴れ回り、民を虐げております。天の火の力が真であれば、今すぐ彼奴を滅するべきなのです」
ギャリバンの正論に、一瞬だけ副官の目が泳いだ。
「さよう。時が至れば、そのような未来も無くはないであろうが……全ては神の思し召しである。言葉を慎みたまえ」
目の前の人物に興味を失った騎士は、改めて併進している天の船を観察する。
移動可能な拠点であり、上級魔法以上の強力な攻撃手段を備えている。確かに強力な兵器ではあるが、果たしてあの勇者に勝てるだろうか?
いや、勝つのだ。勝たねばならぬ。白の騎士団の最後の一兵となろうとも、奴だけは決して許さぬ。
空飛ぶ船団は高度を増し、雲の上へと飛び去った。砦の跡地には、溶岩が夜中まで赤く輝いていたのだった。