蟻よさらば
森に蟻の魔物が湧いたせいで、監視の目が無数にある。目立ちたくないので、城塞都市の反対、川の方から離陸し、ぐるっと大回りして森の上空に向かう。
探す必要は無かった。かなりの面積が黒い絨毯に覆われたように変色している。近づけば、無数の蟻が地面から木の枝の上まで覆い尽くしていた。
猫くらいの大きさと聞いていたけど、デカいのは牛くらいあるよ。ただ、そこまで大きいのは数が少ない。ネズミくらいのサイズの蟻達が、凄い数で走り回っている。
高度を下げると、おならのダウンウォッシュで、木々の梢から無数の蟻達がパラパラと吹き飛んでいく。
あまり近づき過ぎると、僕に噛みつこうとノミのように跳ねてくるけど、残念。おならの風圧の前には無駄な抵抗だ。
近づいて見ると、米粒くらいの普通のサイズの蟻もいるんだな。数的には一番多そうだ。
デカイのより小さい奴らの方が絶対厄介だぞこれ。服の中とかに入り込まれたら終わりだ。
どうやら完全な肉食みたいで、森の植物は食い荒らされていない。一部踏み荒らされているけど、害虫を食べ尽くしてくれるなら、植物から見ればこの蟻は益虫か?
念のために少し高度をとって、蟻達を観察する。
よく見ると十本脚だし、顔もなんだかアリンコっぽくない。もしかしてカニだったりする? カニなら食べ物だよ。どんな味がするんだろう?
叫び声が聞こえたので急いで向かうと、ゴブリンの集落が襲われていた。
棍棒を振り回して果敢に立ち向かうゴブリン。自分と同じくらいの大きさの蟻の甲殻を叩き割っていく。
案外弱いな、この蟻。
だが、潰された蟻の体液は粘着質で、ゴブリン達の動きは次第に悪くなっていく。
一方で、仲間の血の匂いに興奮した小さい蟻達が、屍を乗り越えて突撃していく。やはり、戦闘力が高いのはチビどもの方だ。
ゴブリン達は転がり回って苦しんでいる。毒針でもあるのかな? ゴブリンを憐れむ日が来るとは思わなかったよ。
生きたまま解体されていくのは残酷だけれど。人間だって似たようなことをしてるよなあ。
大きな蟻はゴブリンを丸ごと咥えて運び去る。どうやら大きい蟻は運搬係のようだ。
尾行すれば巣を見つけることができるかもしれない。
どうも蟻達は視力がないようだ。音と匂いで世界を見ているのだろう。
蟻達自身は腐った桃のような匂いで、どうやらそれで仲間を識別しているようだ。
匂い、匂いか。そういえば匂いを完璧に複製できる魔法を覚えてたよな。バニラエッセンスとか作り放題になったけど、封印することにした奴だ。だって、原料はおならだもんな。化学的には完全にバニラだとしても、口にはできないよ。
試しに蟻の匂いを完全複製して、身にまとってみる。甘酸っぱい、そこまで嫌な匂いじゃないけれど、腐ったようなケミカル臭が混ざっていて、健康には悪そうだ。
これで蟻達には僕は仲間だと認識される筈。おっかなびっくり地上に降り立つ。
さっそく小さな蟻達が体に群がって来る。攻撃はされないけれど、ひいいって感じだ。馬鹿な真似をするんじゃなかった。
足の踏み場もなく蟻。歩くと踏み潰してしまうんじゃないか? でも、心配は無用だった。下が柔らかい土なので、ちょっと踏んだくらいじゃ平気みたいだ。大型の蟻達も、躊躇なく仲間を踏みつけて移動している。
ゴブリンの切り身を運んでいる奴らの後を追う。巣に戻れば女王蟻とかいそうだし。この手のモンスターはボスを倒せば一網打尽だと相場が決まっている。
てっきり地下に巣があるんだと思っていたけど、木々の間に天幕を張って営巣していた。天幕の正体は無数に繋がった小さい蟻達だ。こいつら餌とかどうしてるんだろうな?
巣には腹に卵塊を抱えた女王蟻が一杯いた。やっぱりこいつらカニだろう? 僕はセコガニの外子が大好きなので良く知ってるんだ。塩茹でして三杯酢で食べると美味しいよ。
けどまあ、とんでもない数がいる理由もわかった。女王が一匹じゃないんだから、そりゃあ増えるよ。
配膳係の蟻達が、肉を切り分けて女王達に配っていく。女王の大きさも、ハムスターサイズから人間より大きいのまでピンキリだ。かなり適当な生物だなあ、モンスターだけど。
蟻達の生態にも興味はあるけれど、ほじくり出された魔石の行先にはもっと興味がある。肉を綺麗に嘗めとられた魔石は、ゴミ捨て場に運ばれていく。
営巣地の外に設けられたゴミ捨て場には、骨の欠片や牙や爪などの硬い部位がきちんと分別して捨てられていた。その中には魔石の山もあった。
こいつらモンスターの癖に魔石を食べないのか? 捨ててあるってことは、食べないんだろうな。
なら、全部貰っちゃっていいよな?
蟻退治はやめやめ。むしろ頑張れ蟻! 超頑張れ!!
魔石以外にも高く売れそうなモンスター素材は回収しておこう。濡れ手に粟でウハウハだよ。
大蟻の群れが立ち去った後、マムスの冒険者ギルドの幹部達は速やかに営巣地跡を訪れた。
冒険者ギルドの秘密の財源。それが大蟻達の残すお宝だ。
不定期に来襲する大蟻の群れは大きな被害をもたらすが、立ち去った後には莫大な財宝が手に入る。
魔石にモンスター素材、時に宝飾品の類も。
領主には冒険者達が大蟻を討伐したと報告しているが、大蟻達は餌が無くなればそのうちどこかへ行ってしまう。むしろ下手に戦って刺激すると町が危険なのだ。
皆が幸せになれる優しい嘘なのだ。故に幹部達には罪悪感の欠片もない。
「おかしいぜ! 魔石が見つからねえ! 骨のカケラばかりだ!」
「よく探せ。年によって当たり外れはあるが、魔石がなかったことは一度もない」
だが、いくら探索を続けても、結局、金目のものは見つからなかった。売り物にならないほど小さい魔石すら存在しなかった。
収益の大半を大蟻のゴミ捨て場から得ていた冒険者ギルドは、これ以降急速に衰退していくことになるのだった。