冒険者ギルド
スズメバチの巣は、ボール紙に近い感じだ。植物の繊維を唾液で煉り合せたものを、積層して作り上げていくんだ。
空島の特大スズメバチ達は、多分魔物だ。魔物だけあって凄い。彼らが作る巣は木材並みの強度がある。特に硬い部分なんかはナイフで削るのも大変なくらいだ。アルミ以上、青銅未満って感じだ。一円玉と十円玉で確かめたから。
軽くて丈夫なのは凄くいい。でも、ほぼ紙だよね? 紙でエンジンとか、どうやって作ってるんだろう?
気になって船の中をいろいろ探した。後部格納庫の前方に怪しいハッチを見つけて、入ってみると怪しい機関室だった。
透かし彫りの香炉みたいな殻の中で、怪しいクリスタルみたいのが怪しく明滅していた。とにかく全てが怪しい。まあ、魔法だと思えば怪しくないか。ゴーレムのコア的なアレだと考えれば納得できるし。
それでも謎が残る。蜂達はどこからクリスタルを拾ってきたのだろう? グラさんに聞いてみようと思ったんだけれど、セーラちゃんが答えを知っていた。
「あの蜂ってカエルの魔物や虫の魔物が好物でしょう? 砂粒くらいの魔石を集めて大きくしたんじゃないでしょうか?」
なるほど、そういうことか。
「でも、魔石って大きい程価値があるんだろう? 小さい魔石を大きくできるなんて、凄くない?」
「凄いですよ。昔から大勢の人々が研究して成し得なかったことですから。でも、空を飛ぶ船の方がそれよりずっと凄いです」
セーラちゃんは賢いなあ。物事の本質を見失わない。
でも、そういうことなら僕にいい考えがある。
人間の大陸のわりと北の方に、マムスという城塞都市がある。立派な城壁があるのは北側だけで、南は川だ。まさに背水の陣だ。
いい木材が買えるんだけど、それだけじゃない。この町にはなんと冒険者ギルドがあるんだ。一度行ってみたかった。
冒険者ギルドでは、冒険者から魔石の買取をしている。つまり魔石を売っている。小さい魔石を安く買えるかもしれない。
冒険者ギルドの外観は、西部劇の酒場みたいだ。小さい組織なのかな? アットホームな職場?
緊張しながら中に入ると、テーブルに座って飲んだくれていたヒゲ面が足を引っかけて来た。お約束だよ。
せっかくだから、見事にすっころんでみせようと思ったけれど、僕には無防備に転倒する勇気がなかった。芸人にはなれそうにない。
無理に踏みとどまったら、ペキっと嫌な感触がした。
「痛えよう! 骨が折れちまったよう!」
男が泣き喚いているのに、仲間達はそれを無視して僕を取り囲む。
「乱暴な兄ちゃんだなあ。慰謝料を払ってもらわないとなあ」
「誠意を見せろよ! 誠意を!」
面倒なので、とりあえず金貨を一枚渡してみる。
正直、お金は使いきれないくらいあるんだ。だからといって無駄遣いする気はないけれど、初ギルドで絡まれ記念のご祝儀だ。
「こいつ、金貨なんか持ってやがる!」
男達が金貨を噛んで確かめている。貨幣には雑菌が一杯ついているので、口に入れてはいけないのに。ちゃんとした商人は天秤ばかりを常に携帯している。
金貨一枚の価値を日本円に換算することは難しい。最低賃金的なもので計算すると数十万円になってしまうけれど、白パンの価格で算出すれば一万円以下だ。
そこそこの鉄の剣でも金貨数枚はするから、男達の反応はいささかオーバーに感じる。普通はカツアゲで金貨は出さないのかな?
日本だったら、過剰防衛でいろいろヤバイ案件なので、金貨一枚で解決なら安いものだと思う。
ちょっとしたハプニングを乗り越えて、受付のお姉さんの元に辿り着く。
美人? 美人なんだろうね、記号的な意味では。
そこそこ若くて、おしろいを塗りたくっていて、色のついた衣装を着ている。こういう人は、美人として扱わないといけないんだ。太陽の下で見たらヤバイとか、思っていても態度に出してはいけない。
「マムス冒険者ギルドへようこそ。登録には銀貨一枚必要よ。年会費は金貨一枚だけど、依頼をこなしていれば報酬から天引きしといてあげるわ」
登録じゃなくて、魔石を買いに来たんだけどな。でも、ちょっと気になるから聞いてみる。
「依頼をこなせず、会費を払えなかったら除名ですか?」
「何甘いこと言ってんのよ。借金を払えなかったら借金奴隷に決まってるじゃない」
うわ、厳しいな。
「冒険者ギルドってこの町にしかないみたいですけど、登録するとどんなメリットがあるんですか?」
「魔石の売買は全部うちが仕切ってるのよ。勝手に持ち出そうとすれば、命がないわよ」
あー、そっち系の組織だったか。
「ギルドで魔石を買うことはできますか?」
「何? あんた魔道具持ってるの? 魔石なら隣の売店で売ってるわよ。あと、魔物を倒して自分で取って来ちゃ駄目だからね。ギルドを通さずに魔石を使ったら、打ち首よ打ち首」
酷い町だなあ。領主が酷いのか。
憧れていたS級冒険者への道は閉ざされてしまった。そもそも等級分けとかないみたいだ。
登録したその日に、最高難易度の依頼を受けるのも自由。失敗して命を落とすのも、違約金を払えずに借金奴隷になるのも自由。ここは自由の国だな。
売店も見に行ったけれど、ゴブリンの魔石でも銀貨数枚だった。ギルドの買取価格は知らないけれど、ボッタくりなのはわかる。これなら他の町で商人に依頼してかき集めた方が安上がりだよ。
それとも、自分で魔物を狩っちゃうか? 殲滅は得意だけど、魔石の回収が大変だよなあ。
もはやこの町に用はない。離陸のために人気のない場所を探していると、けたたましく鐘が鳴り始めた。何やら街中が騒然となった。
森に大蟻の群れが現れたらしい。猫くらいの大きさの魔物で、単体の戦闘力はゴブリン以下だが、数の暴力が脅威になるみたいだな。
火を嫌がるので、城壁に松明を並べてやり過ごすらしい。
ふーん、大蟻ねえ。オオアリクイじゃなくて大蟻。英語で言えばジャイアントアント。
うじゃうじゃ系で火に弱くて、おまけに飛べないとなれば、これはもう僕に蹂躙してくれと言ってるね? 据え膳?
うーん、魔石を拾い集めるのが面倒くさそう。