羽山の歩く城
「小麦の産地が攻め滅ぼされたの? へえ、この世界って戦国時代みたいよね」
「あたし、スイーツは米粉より小麦粉なタイプだしい。秋山のオッサンに頑張って麦植えてもらわないとなあ」
ユドリア領滅亡のニュースは、うちの女子達にとってはわりとどうでも良かったみたいだ。大ニュースなのになあ。
「セーラちゃんは? 嬉しくないの?」
「あのまま輿入れしていれば、今頃私は……そう思うと震えが止まりません」
なるほどねえ。そういう考え方もあるのか。
「その、なんというか。ユドリアの一味って、あんなに強そうだったのに、案外見掛け倒しだったねえ」
「強い武将を大勢雇っていても、負ける時には負けちゃうんですね」
「なになに? 戦国武将の話ならあたし詳しいわよ」
吉田は、いわゆるオタクなのかもしれない。頭がいいからオタクになるのか? オタクだから頭がいいのか? 物事に集中して取り組めるというのは、受験勉強にも有利だよな。
「いや、どうなんだろう? そういえば火縄銃みたいなの前に誰か作ってなかった?」
「金田達でしょ? 火薬が手に入らなくなって、最近は使われなくなったみたいよ。この世界に火縄銃は早過ぎたのね」
「黒色火薬を作るのはそんなに難しくない筈だけどなあ。あ、ガソリンって火薬の代用にならないかな?」
「無理なんじゃない? できるんならとっくに誰かがやってるでしょ? 無理よね? 野村君にでも聞けば?」
野村と聞いて羽山がビクっとする。トラウマになってるなあ。そういえば野村の奴は北の島で真面目に働いているだろうか?
「この世界の国家って、隙あらばヒャッハーみたいだし、武田とか島津みたいなもんでしょ? まあ、ミー君がいれば大丈夫だろうけど、自衛のために機関銃くらいは用意しときたいわね」
「剣とか近過ぎてないしー。遠くから攻撃できるのってミー君と赤松っちだけ? あたしはいざとなったらタマちゃんで戦うけどね」
「火炎瓶を作ればいいでしょ? 私達だってレベルが上がってるんだし、結構遠くまで投げられるよ?」
梅木さんが物騒なことを言う。竹井がすぐ調子に乗って、その辺の石を拾って海の方に投げた。うん、結構飛んだね。投石機とかいらないかも。
「ひ、飛行船から落とすのはどうでしょうか?」
羽山がおずおずと言う。
そりゃあ、飛行船があれば攻めて来る勢力への威嚇にもなるし、火炎瓶とかも落とせるだろう。でも、羽山への負担が大きいしな。それに、エンジンを作るには野村の力が必要だ。
「あの、大丈夫なんです。あの子達が自主的に作ってくれたんです」
なんかスズメ蜂達が勝手に飛行船を建造しちゃったらしい。そんな馬鹿なと思ったけれど、羽山が嘘をつくとは思えないので、明日にでも見に行くことにする。
空島に行くのは、赤松と羽山と竹井。いつものメンバーだ。珍しく梅木さんまでついて来た。最近は干物作りも外注してるし閑なのかもしれない。
モリさんの部下達がどんどん亡命してくるので、空島はなんだか宗教国みたいな雰囲気になって来た。本物の神様もいるから間違ってはいないんだろうけど。
前に野村と作っていた飛行船は、未完成の状態で転がされている。何かのオブジェみたいだな。土地は余っているからいいんだけれど、羽山が辛いなら燃やしてしまってもいいかもしれない。
その隣に羽山の言う飛行船があった。いや、飛行船? 気嚢がないから飛行船じゃないよね? 城のようなゴンドラ部分だけで、おまけに足が生えている。六本脚だから昆虫?
「動かしますねー」
え? 動くの? 虫みたいに歩いた。なんでだよ? まあ、竜骸だって動くしね。
「飛びますねー」
ふわりと空に浮かぶ。飛べそうな装置はどこにもついていない。魔力で飛んでるんだな。断じて飛行船ちがう。
野村の飛行船よりずっと小型なのに、前後の格納庫に竜骸を四体も搭載できた。
前部格納庫のハッチを空けたままにすれば、甲板にはみ出すけどさらに二体搭載できる。相当重くなっても飛べるのが凄い。
欠点は鈍足なことかなあ、竜骸も大概遅いけど、それよりさらに遅い。自転車並みだ。
「魔力消費も少ないね。何これ便利」
「あたし一人でどこまで飛べるか試したい。というかこれ欲しい。くれ」
「普通に荷物を積んで貿易船にも使えそうね。脚みたいの追加してクレーンにできないの?」
羽山は困った顔をしている。蜂達が勝手に作ったって? 虫がこんな凄いメカを設計できるものかな?
大昔に誰かが作らせた魔法の船を、遺伝子レベルで記憶していたとか、そんな感じじゃないのかなあ。知らんけど。
ちなみにガラスに見えた窓は、粘液でできた膜だった。触ると心太みたいでちょっと楽しかった。お昼のデザートはあんみつにしよう。