亡国の小麦
アイナ婆さんに、ユドリア伯爵領が滅ぼされたと聞いた時、頭の隅に何か引っかかったんだ。
訓練場では、コロがイステアの操るイフリートとじゃれている。僕が操縦しなければ、コロは適度に弱いから、イステア達のいい訓練相手になる。
竜骸単体では普通そこまで動けないらしいのだが、なんかコロは普通じゃないしな。餌を沢山食べさせたからだろうか?
模擬戦をボーっと眺めている時に、いきなり思い出した。ユドリアってセーラちゃんの元婚約者じゃないか? はー、スッキリした。アハ体験って奴だな。違うか?
「ユドリアって凄く強い軍隊があるんじゃなかったのか?」
思わず独り言。麦の粉を独占販売していて、凄い経済力だと聞いていた。阿漕なことも平気でしていたようだから、恨みを買ったのかもしれない。
「あら、さすがはミー様。情報が早い」
ライルが聞きつけて近づいて来た。嘘だろう? 地獄耳か? うっかり独り言もできないよ。
おかげで戦いの詳細を聞くことができた。やはり周辺の領主達の恨みを買って袋叩きにされたようだ。
「竜骸が使われたの?」
「いえ、反ユドリア連合による力押しですね」
精強な軍隊を持っていると言っても、貯め込んだ莫大な財産を守るには足りなかったわけだ。
肥え太った獅子は餓狼の群れに喰い尽くされてしまった。
軍備増強かあ、不毛だなあ。中世世界だと近隣諸国は全て盗賊団みたいなものだからなあ。予算の全てを軍事費に回して、足りない分は隣国を侵略して奪い取るなんて荒業もありだ。
弱くても攻められるし、豊かでも攻められる。理屈はわかるんだけどね、皆が不幸になるシステムだ。
戦争のない世界なら、軍事費を他に回すことができるのになあ。馬鹿が一人現れたら崩壊する脆い世界だけれど。
「これで終わりじゃないですよ。戦利品の分け前を巡って次の戦いが始まるわ。今度は神の国から流出した竜骸も使われるかもしれません」
「まったく、魔王は何やってんの? ビシッと統率しなきゃ駄目じゃないか」
「勇者に備えるのに忙しいんじゃないですかね?」
ああそうか、魔王だもんね。
なんだよ、結局また勇者のせいか。RPGの舞台裏を見せられた気分だ。
「いいことだってあるんですよ。生きた麦の種が流出したから、美味しいパンが安くなるかも」
ああ、そうだった。小麦粉のみを輸出してたんだったな。
まあ、実際には盗み出した小麦をこっそり育ててる人達もいたんじゃないかな? 前に空から侵入してみたけど、警備はザルだったし。
ユドリア卿は嫌な奴だったけど、今回の件じゃ完全に被害者だな。少なくとも魔王の国の法を犯したのは攻め込んだ連中だ。
法ってなんだろうね? 今回の件を見る限り、破ったもの勝ちなところはあるよね。
現実的に考えれば、法で縛れるのは、破った時のデメリットの範囲内までだ。この世界で生き残るためには、相手がルールを破ることまで想定しなければいけないね。