望郷の思い
「秋山さんが日本から戻ったって本当ですか?」
『うむ。駄目元で術式を仕込んどいたんじゃが、さすが神様じゃ。我ながら大したもんじゃ』
グラさんが妙な自慢をする。そりゃあ神様だもん、それくらい出来て当然だよね?
『神様だっていろいろ大変なんじゃぞ。もっと褒めても良いではないか』
「心が読めるんだから必要ないでしょうに」
『いや、言葉にされると、こうグッとくるものがあるじゃろ?』
面倒臭い神様だなあ。
「でも、そんなに簡単に行き来できるんなら、家族に挨拶しに戻りたいですね」
『あーその話なあ。なんかあっちの世界の諜報組織? 厄介そうな連中が異世界のことを調査しとる。秋山はまんまと捕まった』
「諜報組織って、MI6みたいな?」
『いや、お主の知識はいろいろ間違っておるのう』
そりゃあ諜報組織とかそんなに詳しくないけど、スパイといえばMI6が本場だよ? アニメや漫画の話ではなく、実在する組織なのに。ああ、でも、諜報組織が正直に諜報組織と言うのもおかしいか。
『お主だけならこっちに逃げ帰れば済む話じゃが、家族に迷惑がかかるのではないかな?』
「あー、確かにそうですね。ああ、地球と行き来できることは誰にも話さない方がいい……いや、遅かったか」
秋山さんが皆に話しまくってるよ。あの人がお喋りなのは、多分死んでも治らない。
その頃グラさん島では、帰還した秋山を囲んでプリンの試食会が開かれていた。
秋山から日本の話を聞かされた女子達の中には、懐かしさで泣き出す者までいた。
「私も帰りたい」
羽山は最初から半泣き状態で、たまに感極まって涙をこぼす。
「そんなに簡単に行って戻れるならあたしだって帰りたいよ。秋山のオッサンだけズル過ぎない?」
赤松も涙こそ見せないものの、普段より多少大人しい。
「ズルくはないだろう? 私が体を張って、日本と行き来できることを発見したんだから。そう、コロンブスみたいなものだよ」
「秋山さんが捕まった組織ってのが問題よねえ。どう考えても警察じゃなさそうだし」
プリンで糖分を補充しながら、吉田の灰色の脳細胞は最適解を求めてフル回転している。
「そう、警察じゃあないよ。あれは絶対どこかの国の軍隊だ。魔法の力で世界征服をたくらんでいるか、近代兵器で異世界を侵略しようとしているか、どうせ碌なもんじゃないよ」
「何それ? バッカみたい」
「確かに秋山さんの言い方だとバカバカしく聞こえるけど、当たらずとも遠からずじゃないかしら」
「魔法ってそんなに凄いか? むっちゃ強いのってミー君とか勇者くらいじゃん? それでも核兵器とかには負けるよね? 別にいらなくない?」
「ああ、でも油田とかあるから狙われるんじゃ?」
「馬鹿ね、石油なんか地球に持って帰るの大変過ぎー。元がとれそうなのウニくらいじゃない?」
他愛のない雑談。女子達の顔に笑顔が戻りつつある。プリンは人の心を明るくする。
「笑い事じゃないよ。君達だってご両親の元に帰りたいだろう? 皆で神様にお願いすればきっとなんとかなるから」
「秋山さんは一体何がしたいんですか? 日本に戻ってもまた捕まりますよ? 今度は指名手配されてるでしょうし」
「だ、だからだよ。一人では消されてしまうかもしれない。全員で帰るんだ。新聞やテレビで発表して真実を全ての人に知ってもらう。政府に保護してもらうんだ」
「えー、マスコミとかセーフとかって、マンガだと絶対悪い奴らじゃん」
「竹井さんはどんなマンガ見てたのかな? 政府の偉い人達が悪いことする訳ないじゃないか」
「竹ちゃんは極端だけど秋山さんはお花畑過ぎね。帰る方法は見つかった、時間制限は特にない、ならじっくり考えましょ。あと、秋山さんは口が軽すぎるわ。聖女や勇者にこの情報が伝わったらマズいから、どこかに幽閉しましょ。みんなもペラペラ喋っちゃ駄目よ」
「梅ねえに話すのはいいよね?」
「野村君は駄目ね」
「おいおい、私は君達の倍以上生きてるんだよ。話しちゃいけないことの分別くらいつくさ」
「秋山さんは前科がありすぎますから、まったく信用できませんね」
「このオッサンは駄目だよ」
「駄目ね。悪人ではないんですけどね」
気づけば四面楚歌だった。
秋山は思う。誰も自分のことを知らない遠い世界で、白紙の状態からやり直せないものかと。