レモン水は涙の味
ドックに組み上げられた簡単な木の骨組み。それを足掛かりにして大きな蜂達が船首の方から飛行船を作り上げていた。
野村が考えた原理は3Dプリンターと同じ。データさえ用意してやれば、その通りの構造物が出力される。その筈だった。
「何をしている! 羽山さん! 集中力だよ! 気を抜けば全部駄目になる!」
断面積が大きくなり、構造が複雑になると、参加する蜂の数も膨大になる。生き物なのでその働きにはムラがあり、誤差が積み重なると狂いが目に見える程になってくる。
蜂達の作業の誤差まで計算に入れて設計する必要があったのだが、野村にその発想はなかった。羽山の能力に問題があると決めつけ、怒鳴り声はどんどん大きくなっていく。
野村に悪意は全く無い。自分が正しいと信じて疑っていないので、言葉がキツくなるのも当然なのだ。逆にそこまでする必要がある羽山が無能と決めつけた。
「泣くんじゃない! 今は辛くても、試練を乗り越えれば君は成長できるだろう。きっと僕に感謝する」
羽山は言われて自分が泣いていることに気づいた。キャパシティーオーバーで頭が割れそうだ。蜂達の苦しみが自分に逆流して来るように感じる。
「休ませて……五分でいいから」
「駄目駄目。一度中断すれば、再始動して元のペースに戻るのに三十分はかかるんだ。あと一時間もすれば昼食なんだから、それまで頑張って。大丈夫さ、君ならできるから」
「たすけて、私死んじゃう……」
「死ぬ死ぬと言って死んだ人間はいないよ。そんなのは怠け者の言葉なんだ」
「ほう。なら試してみようか」
野村が驚いて振り返ると、三井寺が怒りの形相で立っていた。
「ち、違うんだ三井寺君。これは羽山君のためなんだ。無能な部下を鍛えるのも上司の務めだろう?」
なんか言ってる野村を無視して、羽山にレモン水を出してやる。蜂蜜を柑橘果汁と水で割ったものに塩を加えてある。キンキンに冷えてはいないけれど、がぶ飲みするならこれくらいがいい。
「ミー君、ミーくーん……」
羽山は泣きじゃくりながらレモン水を飲む。良かった、間に合った感はあるな。
「あのさあ、羽山は僕の部下なんだから、勝手なことはしないでくれるかな?」
驚きから立ち直った野村が文句を言ってくる。ビビリの癖に気が強いんだよなあ。
「いや、上司とか部下とかないだろ? 第一、どちらかと言えば羽山が上司でお前が部下だぞ。先輩なんだから」
「え? だって僕の方が有能だし。軍師だから部下にバフがかかるし」
「お前、上司としては無能だぞ。本当に上司だったら責任を取らせて処刑しているところだ」
睨みつけるとへたり込む。レベルは大したことないから純粋な戦闘力は羽山以下だもんな。だから油断したのもある。羽山の気の弱さを計算に入れてなかった。
こいつ、頭いいけどいらないよねえ。空島の秘密を知ってるから追放するわけにもいかないし、ああ、そうだ。
上司とか部下とか言ってるから、こいつが連れて来た職人の下で下積みからやり直させよう。向上心は高いから、試練を乗り越えて成長することだろう。
「飛行船は? 作らなくていいの?」
「ああ、羽山に辛い思いをさせてまで作る程のものじゃないし。蜂達にも迷惑をかけたね」
お湯に溶かした水飴を冷やした冷やし飴。それを綿に含ませ、木の大皿に入れて並べてやると、あっという間に群がった。
「皆お腹がすいていたの。あと、幼虫にあげるお肉もお願い」
やっと羽山が笑った。これならもう大丈夫だろう。
この蜂達は巣の幼虫に肉団子を与え、幼虫が分泌する蜜を舐めてエネルギー源にしているらしい。無理をさせて働かせると、そのループのバランスが崩れるんだな。
仕事が無くなった羽山は、憑き物が落ちたようにスッキリした顔をしていた。やっぱり野村のやり方は駄目だと思った。
まんまと野村の口車に乗せられた僕の責任でもある。飛行船作りは趣味みたいなものだと思っていたのになあ。ガチでブラック労働だったな。
他でも誰かおかしなことしていないか、ちょくちょく見て回らないといけないね。