希望
「ねえミー君、日本に帰れるって本当?」
竹井は結構地獄耳だ。生きていく上では決して悪いことではない。情報収集能力は生存確率を高めてくれるからね。好奇心は猫を殺すらしいけれど。
「誰に聞いたのさ?」
「秋山さんがぼやいてたよ。帰還の条件が厳し過ぎるって」
あー、そういえば口止めしてなかったなあ。言われなきゃわからないかなあ、大人なのに。
「どんなことをしても帰りたいなら。覚悟があるなら、むしろヌルいくらいだと思うけど」
「今更能力が使えなくなるとかないわあ。食べ物だって最近はこっちの方が美味しいし、あたしはパスだなあ」
食べ物に関しては皆で頑張った結果が出てるよね。スキヤキとかかなりのレベルだし。そりゃあ、凄くお高い専門店とかには負けるだろうけど、普通に家で作るレベルは超えてるよ。
栽培しているのが日本米だというのも大きい。おそらくコシヒカリだ。バスのトランクに残っていた米袋の断片からアキタコマチ説もあるけど、どちらにしても美味しい日本のお米だ。
ご飯さえ食べられるなら、僕はどんな世界でも挫けず生きていける自信がある。
「帰らないのなら問題ないじゃないか」
「ミー君はどうするのよ?」
ああ、それねえ。あっちの家族に会えないのは哀しいけど、こっちの世界にも大切なものが沢山できた。
能力を使えないのも困るしね。おならで自由に空を飛ぶ快感は、誰にも理解してもらえないだろうけれど、僕にとっては何ものにも代えがたい。
なんだよ、考えていることは竹井とほぼ同じじゃないか。
「帰らないよ」
「ならいいのよ」
なんだよ、わざわざそんなことを確認しに来たのか。
ああそうか、僕がいなくなると足が無くなるから大変だよね。
飛行船の開発が一応成功したけれど、まだまだ実用的とは言い難い。向かい風だと時速百キロも出ないしね。あれじゃ隣の大陸まで飛ぶだけでも大冒険だ。
それに、液体窒素は赤松が供給しているけど、水素ガスは僕が出している。ガソリンの元になる原油だって、僕が採って来てるし。
誰かの特定の能力に依存しているうちは駄目だな。誰にでも替えがきくシステムにすることが大事なんだ。
そういう点では野村のエンジンは優秀か。飛行船でなくても、普通に帆船に動力を追加するだけでも一気に文明を加速することができる。
ただ、そのルートだと地球とそう変わらないんだよなあ。行きつく先は第一次世界大戦?
中世ヨーロッパは暗黒の時代と言われているけれど、近代のヨーロッパも結構ヤバイし、できれば避けたい進化先だ。
持続可能な社会という観点で考えれば、江戸時代はかなり理想的ではある。ペリーが来る前に日本列島だけ異世界転移してたら、今でも江戸時代してたかもしれないし。
現代に比べれば貧しい暮らしだったけど、食料自給率100%でやり繰りしてたんだから仕方ない。幕府は何度か大ポカをやらかしてるけど、超リサイクル社会からは学べるものも多いな。肥溜め? うーん、臭いけど、あれこそが究極のSDGsじゃないだろうか?
この世界の進む未来に極力干渉しないというのもアリだけど、既に勇者や聖女なんかが思いっきり干渉しててしまっている。
こっちの人達からすれば、僕達は本当に迷惑な招かざる客だ。なんとか好感度アップしていかないとねえ。