生ける屍っていろいろおかしいと思う
髑髏と目が合ってしまった。眼窩の奥にユラユラと小さな青火が浮いている。怖いよ。
よく見るとちゃんと体もあるみたいだ。骨だけど。
ボロボロになった服を着ていて、なんとなく半透明? 幽霊?
足がないというより、下半身に行くほど透明度が高くなってるんだね。
「お、お邪魔させていただいております」
幽霊の人に向き直り、正座して深々とお辞儀をする。これは無断で家宅侵入した僕が一方的に悪い。
攻撃されたら反撃するしかないけれど、後ろめたいのでできれば戦いたくないな。
「ほう。死者に礼を尽くすか。して、儂の名を知っておるのか?」
幽霊が喋った! しかもなんか頭良さそうだ。恨めしやしか言われなかったらどうしようかと思ったよ。
幽霊に名前を聞かれた時は? なんかそういう豆知識あったな。いや、この場合逆だ。俺の名前を言ってみろのパターンじゃないかな?
でも、そもそもの話、名前を知らない。この幽霊さん有名人なの?
「存じません。この世界には来たばかりなので」
困った時はとりあえず謝ってしまおう。日本人の悪い癖だけど、幽霊相手じゃ仕方ない。それでも理不尽な真似をされたら、その時は百倍返しだ。
「ふむ。異界の者か。なら仕方ない。儂のことはただのグラとでも呼ぶがいい」
わりと話の通じる幽霊のようだ。生きている人でも物わかりの悪い人はいくらでもいるのに。グラさんへの好感度アップだよ。
「僕は三井寺治。オサム・ミイデラと申します。あの、良かったらこれ食べますか?」
グラさんがやたらシカ肉を気にしているみたいなので、差し出してみる。
「いや、儂は霊体だから食事はせんが。ちょいと懐かしくてのう」
「だったらお供えしますから」
布を広げて祭壇を作り、食べ物を並べていく。死んだお祖母ちゃんがよく仏壇にお供え物をしていた。大事なのは気持ちだ。
「ほう、異界の流儀か。こりゃあええのう。じゃが良かったのか? お主の食べる分が無くなったぞ」
「大丈夫ですよ。グラさんが食べ終ったらお下がりを頂きますから。僕も良く知らないんですけど、なんかそういうルールなんです」
「それはいい、合理的である。お主の世界に行ってみたくなったぞ」
「行けるんですか? 僕の世界に?」
普通は魔王を倒したら帰れるとかだよね? もしかしてグラさんは魔王?
「落ち着け若人。こちらに来れたということは、あちらにも行けるのが道理だ。ただのう、お前さんが生まれ故郷に帰れるかは別問題じゃぞ。元いた時と場所に戻れるわけではない。特に時間という奴は曲者じゃて。ほんの百年もズレれてしまえば、限られた生しか持たぬ人の身にとっては無意味であろう?」
言ってることが良くわからないよ。ただ、家族にはもう生きて会えないんだと、そんな気がした。
僕はいつの間にか泣いていたみたいだ。グラさんに慰められてしまった。幽霊なのにいい人だった。
「え? グラさんはリッチなんですか?」
「不老不死の研究をしとったらいつの間にかこうなっとった」
「どうして不老不死の研究を?」
「元々やり遂げたい研究は別にあったんじゃが、人の寿命ではとても時間が足りそうになかったんでの。じゃからまずは不老不死からと考えたんじゃが」
「リッチになっちゃったんですね」
「研究時間がたっぷり手に入ったんじゃ、後悔はしとらん。ただのう、最初にやりたかった研究が何だったのかど忘れしてもうてのう……」
リッチは霊体なので、生者ほど記憶がしっかりしていないんだそうだ。それでグラさんは、現在ボイスレコーダー的な魔法を作り出そうと研究中だという。
あーあ、手段が目的化しちゃう人っているよね。本人は楽しそうなんで別にいいけど。
「人探しの魔法から逃げて来た? そんなもん、簡単な対策がいくらでもあるじゃろうに。確かにこの島の結界なら戦略級の探知魔法も防げるが、蟻を殺すのに戦斧を振り回すようなものではないかね?」
この島には超強力な結界が張られていて、人探しの魔法なんかも余裕で無効化できるらしい。ラッキー?
「初級の探知魔法程度、竜骨や竜鱗でも十分防げよう。追手はとっくにお主を見失っとるじゃろうな」
竜の鱗を張った僕の鎧には、ステルス効果もあったようだ。というか、わざわざ逃げなくてもずっと鎧を着ていれば良かったんだな。
「気になるのはその竜骨の武器じゃな。どうやって硬い竜の骨を削ったのじゃ?」
僕が自作したシカ弓改のことかな? 普通のシカ弓じゃおならの連射に耐えられないんで、竜の骨を削り出して作ったんだ。リトル・バズと名付けた。ああ、惚れ惚れするほどカッコイイ。
「よくぞ聞いてくれました。竜の骨はとても硬くて、ダイヤモンドの粒子でも削れませんでした。そこで竜の骨の粉を使って削り出したんですよ」
「なるほど……じゃが、最初の骨の粉はどうやって手に入れたのじゃ?」
そう、そこがポイント! そこに気づくとはさすがリッチ! 頭いいよね。
「竜の骨同士をこすり合わせたんです。なかなか大変でした」
竜の骨は超硬いのに粘りがあり、高熱でも溶けない。鱗以外はほぼ利用されていないのも、加工が大変過ぎるからだ。
でも、おならカッターに骨の粉を混ぜて吹き付ければジワジワ削ることができる。おなら旋盤と名付けたよ。
「骨を骨で削るか。その発想はなかった! お主が考えたのか?」
「だって、他に方法が思いつかなかったので」
「いいぞ! お主! 凄くいい!! 作ろう! もっと何か凄いの作ろう!」
グラさん大興奮だ。知の探究者っていうから仕方ないのかな?
この島にも巨大な竜の化石が転がっている。前に見たのとはタイプが違うみたいだけれど。
なんでこんなのがその辺にゴロゴロ転がってるんだろうね?
「鱗が残ってませんね」
「儂が実験に使ってしもうた。あ、元々あんまし残ってなかったんじゃぞ」
「思うんですけど、竜ってただのモンスターだったんでしょうか? なんというか、メカっぽいんですよね。僕の世界の物語には生体メカって概念がありまして、動物みたいな乗り物が活躍するんですよ」
ダイヤモンドより硬い骨とか、生物として不自然な気がする。化石と呼ばれているけれど、残骸がそのまま残っているだけだよね?
そう思って見ると、頭蓋骨の内部とか、コクピットっぽく見えなくもない。
たとえば現代の戦闘機の残骸をグラさんに見せたら、変わった竜の化石だと認識するんじゃないかな。
異文明のメカデザインなんて、想像の斜め上をいっていて当然な気もするし。
「面白い。実に興味深い発想だ! 失った筈の脳が疼くわ! オサムに出会えて本当に良かった」
いつの間にかグラさんが全然怖くなくなってしまった。慣れって怖いよ。