神の姿
モリさん達がグラさんに平伏? 土下座? なんか地面に這いつくばっている。神認定はされたみたいだ。良かった。
神様は姿を自由に変えられるみたいだ。威厳のある白髪の老人の姿、神々しいまでの美女の姿、そういうのが定番だよね。
でもグラさんはそのままの姿に拘った。頑固なのはわかってるから、無理強いはしなかった。
そうなると、あとはコーディネイトの問題だ。定番のデスサイズと黒いローブは吉田に即却下された。カッコいいけど、どう見ても死神だからね。
吉田プロデュースで、偉い僧侶が着るような服を着せられることになった。コンセプトは即身仏だそうだ。
即身仏というのは昔の日本で行われていた民間信仰で、苦行の末にミイラ化した僧侶を御神体としておまつりしたりするらしい。外国では見られない風習なので、仏教の教えとも違うようだ。文明開化の明治時代になって、迷信として禁止される方向で廃れたようだね。
いろいろ教えられても、僕には良く理解出来なかった。宗教というのはなかなかに難しいものだね。
グラさんは死のうとした訳でも、死を恐れた訳でもない。研究のための時間が欲しくてリッチと化したんだ。もう一人の中の人は、ただ神になりたかった。即身仏とは違う。
でも、吉田の選んだ豪華な僧服を着たグラさんは、なんだか神々しく見えた。
『単刀直入に問う。そなたに神を謀ることは可能であるか?』
グラさんいきなり……単刀直入にも程があるよ。
だけどモリさんも只者ではなかった。最初のうちこそおっかなびっくりだったが、すぐに意気投合して何やら難しい話を夢中で始めた。
お供の人は、どうやら僕と同じで蚊帳の外みたいだ。なんか、良かった。
モリさんは入信を決めた。ついでにお供の人も。
自分の意志で決めなくていいのかなと思ったけれど、別にいいらしい。この世界では信仰する神を選べる人なんて、ほんの一握りみたいだ。
政治家の票田みたいなもので、この世界の神様にとって人は信仰心を集めるための作物のようなものなのだろう。それだけではないだろうけれど、そういう面も確かにあるのだ。なんとも有難味の無いことだなあ。
とにかく結果オーライってことで、モリさんの歓迎会だ。トンカツは明日ってことで、スキヤキパーティーが始まる。
モリさん達は生卵なし、ドリンクはウーロン茶、デザートは紅茶ゼリーだ。四つ足縛りで生きて来た人達に、いきなり鶏の生卵はハードルが高いことは確認済だ。別に無理をしてもらうところじゃないし。
神様であるグラさんの前には、もちろん最上級の料理がお供えされる。
グラさんは神様パワーで料理の幻を複製し、堪能する。残った本物の料理はスタッフで美味しく頂くよ。
『神は食事の必要が無いからのう。このオソナエモノという風習は実に合理的じゃ。一粒で二度美味しいという奴じゃな』
モリさん達は神の前で食事も喉を通らない……かと思ったらガツガツ食べてるね。醤油の香りは慣れないとキツイみたいなんだけど、その辺をマイルドにした特製のワリシタを使っている。そう、関東風スキヤキだ。
クッコロトリオに聞いたところ、体が醤油に慣れるまで十日以上はかかるとのこと。今は醤油大好き人間だけれど、初めて口にした時は匂いに吐き気がしたそうだ。
関東風であれば、ワリシタを調整すれば異世界人向けのスキヤキも簡単に作れる。まあ、砂糖をぶち込んでしまえば、それだけでわりとなんでも誤魔化せるんだけどね。
みりんの代わりの赤ワインが渋味を加え、かなり洋風にシフトした味わいに仕上がっているが、これはこれで美味しい。
久保が調理に関わった時点で既にチートと言うしかない。彼女が手伝ってくれれば交渉事はまず失敗しない。言葉を尽くした説得よりも、美食で胃袋を握ってしまう方が遥かに効果がある。
人間も所詮は動物だということだね。食欲には勝てない。
「肉が……甘い肉が美味過ぎます!! こんなに薄いのに、これが天国の料理!」
「肉も素晴らしいが、この冷たい茶は一体? 砂糖を入れない紅茶? いや、違う。肉の脂を爽やかに洗い流してくれる。そして再び肉が食べたくなる。一見粗野にも見えて、なんと洗練された料理なのだ」
二人の勝手な食レポを聞いて、他の連中はニヨニヨしながら食べている。北の島組も、少し前の自分達のことは棚に上げてドヤ顔をしているね。モリさんは有能だから、すぐに彼らを追い抜いてしまうと思う。僕より頭いい? そうだねえ、賢い人はちょっと怖いけど、せっかく苦労して勧誘したんだから、それくらいでないと困る。
味方同士でも争いごとはあるさ。好敵手として切磋琢磨するか、不毛な足の引っ張り合いになるか……世の中そんなに上手くはいかないものだけど、夢を見たっていいじゃないか。せめて今日くらいはね。